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香原斗志「イタリア・オペラ名歌手カタログ」

<第3回> マリエッラ・デヴィーア(ソプラノ)

声の完璧な制御で表現はどこまでも高貴に

「完璧」を体現したデヴィーアの理想の歌唱

藤原歌劇団共同制作公演「ノルマ」(2017年)より 写真提供:公益財団法人日本オペラ振興会

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 歌手の数だけ個性があるとはいえ、手本を無視した個性は自己満足にすぎない。目指すべき指標や理想に近づくための営みを丁寧に重ねた末に生まれるのが個性だろう。では指標となる理想の歌手はだれか。内外の歌手や耳の肥えたオペラ通に「理想の歌を歌うのはだれか」と尋ねて、圧倒的に多いのが「マリエッラ・デヴィーア」という回答だ。

 デヴィーアの歌を評する際、頻繁に使われる言葉が「完璧」である。彼女は声をすみずみまで制御し、歌を精巧な工芸品のように創り上げた。作曲家が書いたフォームを崩さずに、類いまれなほど高い品位を加えた。喜怒哀楽を表現すべく、あえて泣いたり叫んだりするように歌う歌手は多いが、それは声を意のままにコントロールできない歌手の逃げ道と言って差し支えない。デヴィーアは喜びも、怒りも、絶望も、高貴な旋律線に制御された色彩やニュアンスを加えることで描写し、内面の真実を色濃く浮かび上がらせた。そういう表現が「完璧」と呼ばれた。

 1996年、フィレンツェ市立劇場の日本公演で歌ったドニゼッティ「ランメルモールのルチア」では、一糸乱れぬ凜(りん)とした歌唱にコロラトゥーラの高度な技巧が相まって、少女の無邪気な喜びや不安から狂気に至るまでが、文字通り「完璧」に表現され、言葉を失うしかなかった。それからは各地にデヴィーアを追った。

 2004年にローマ歌劇場で聴いたロッシーニ「タンクレディ」のアメナイーデは、叙情性と敏捷(びんしょう)なアジリタの走句(パッセージ)が両立し、圧巻であった。2006年には、もう少女の役は厳しいと言って十八番の「ルチア」から引退したが、最後の公演となったスカラ座の舞台で、デヴィーアの声はみずみずしく少女そのものだった。もちろん声が成熟した結果、2008年にスカラ座で歌ったドニゼッティ「マリア・ストゥアルダ」では、円熟の声が精度の高い技巧にからみ、格調の高さにうならされたが、同年にジェノヴァで鑑賞したベッリーニ「カプレーティとモンテッキ」では、すでに還暦を迎えていながらやはり少女であった。声の至芸である。

 そんな彼女がキャリアの最後に選んだオペラがベッリーニ「ノルマ」だった。再三のオファーを断り続け、65歳になるまで声の成熟を待ち、2013年4月、ボローニャでデビューした。その4年後、2017年7月と10月、日本の藤原歌劇団公演で披露してくれた「ノルマ」は、古希を数カ月後に控えているとは到底信じられぬ完璧な歌唱で、全盛期とほとんど変わらず制御が行き届き、色彩の豊かさは全盛期をしのぐほどだった。

 その翌年5月、ヴェネツィアにおける「ノルマ」を最後にデヴィーアはオペラの舞台から引退した。だれもが引退の必要性を感じないなか、完璧なノルマという圧倒的な印象を残して退いたのは、まさに完璧を旨とする彼女の美学であろう。そして昨年3月、ドニゼッティ、ヴェルディ、プッチーニ、グノー――と、少しも年齢を感じさせない理想の歌唱を、日本での最後のリサイタルで聴かせた。

筆者プロフィル

 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家、オペラ評論家。イタリア・オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や公演プログラム、研究紀要、CDのライナーノーツなどに原稿を執筆。声の正確な分析と解説に定評がある。著書に「イタリアを旅する会話」(三修社)、共著に「イタリア文化事典」(丸善出版)。新刊「イタリア・オペラを疑え!」がアルテスパブリッシングより好評発売中。La valse by ぶらあぼに「いま聴いておきたい歌手たち」、ファッション・カルチャー誌「GQ japan」web版に「オペラは男と女の教科書だ」を連載中。

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