メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

加藤浩子「名画が語る名作オペラ」

ジャポニスムが生んだ「夢の国」と「理想の女性」〜モネからプッチーニまで

クロード・モネ「ラ・ジャポネーズ」

[PR]

 19世紀後半のヨーロッパを席巻した流行の一つに、「ジャポニスム」(日本趣味)がある。海のかなたの幻の国日本が、長い鎖国から目覚めて開国し(1854年)、情報や文物が一気に押し寄せたのだ。

 クロード・モネの「ラ・ジャポネーズ」は、「ジャポニスム」の熱狂を映し出す作品である。赤い着物をまとっているのは、モネの愛妻カミーユ。壁や床に散らばる団扇(うちわ)や、彼女が手にする扇子(せんす)は、「ジャポニスム」において爆発的に消費された小物だった。日本ブームに火をつけたのは浮世絵だったが、それに続いたのはこの手の工芸品や日用雑貨だった。「ジャポニスム」という言葉が生まれた1872年には、79万本の扇子と89万本の団扇(うちわ)が輸出されたという。「ラ・ジャポネーズ」が描かれたのはその4年後だった。

 モネの日本狂いは有名である。代表作である「睡蓮」をテーマにした一連の作品も、絵巻や屏風(びょうぶ)の四季絵をヒントに生まれている。ゴッホやドガやロートレックといった多くの画家も日本美術に大きな影響を受け、色彩や構図、線描、作品の主題などに反映させた。

 日本の音楽は、美術のような熱狂は呼ばなかった。お囃子(はやし)や下座音楽は「騒々しい」と不評だった。ヨーロッパ人がひかれたのは、「日本」をテーマにした舞台作品だった。特に人気だったのは、「ムスメ」や「ゲイシャ」と呼ばれた日本の若い女性とヨーロッパ男性の恋物語である。このような風潮にいら立った日本人の前田正名は、本当の日本を知ってもらおうと「忠臣蔵」を下敷きにした「ヤマト」という芝居を発表したが、全く受けなかった。ヨーロッパ人が求めたのは「本当の日本」ではなく、夢の国の夢の女性だったのだ。

 プッチーニの人気オペラ「蝶々夫人」は、ジャポニスムから生まれた舞台作品の究極である。アメリカ軍人の「現地妻」になった蝶々さんが、彼を本気で恋してしまったため起きる悲劇だ。欧米軍人相手の「日本式結婚」は長崎で実際に行われていたことで、それを体験したフランス人のピエール・ロティは、その経験を「お菊さん」という小説にして大ヒットを飛ばした。プッチーニは「お菊さん」に見られる日本の習俗や風景描写を参考にしつつ、物語の内容はロングやベラスコの「蝶々夫人」に基づき、さらに音楽には、ヨーロッパで流行していた日本の旋律をちりばめた。

 だが蝶々さんのキャラクターは、日本女性というより19世紀のイタリア・オペラで好まれた貞淑でいちずな女性の典型である。モネが愛妻を着物や団扇で飾ったように、プッチーニは現実には存在しない理想の女性に、日本の旋律で刺繍(ししゅう)した美しい音楽を着せたのだった。

筆者プロフィル

 加藤 浩子(かとう・ひろこ) 音楽物書き。慶応義塾大学、同大学院修了(音楽学専攻)。大学院在学中、オーストリア政府給費留学生としてインスブルック大学留学。バッハとイタリア・オペラをテーマに、執筆、講演、オペラ&音楽ツアーの企画同行など多彩に活動。著書に「今夜はオペラ!」「ようこそオペラ!」「オペラ 愛の名曲20選+4」「名曲を生みだした女性たち クラシック 愛の名曲20選」「モーツァルト 愛の名曲20選」(春秋社)、「バッハへの旅」「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」(東京書籍)、「人生の午後に生きがいを奏でる家」「さわりで覚えるオペラの名曲20選」「さわりで覚えるバッハの名曲25選」(中経出版)、「ヴェルディ」「オペラでわかるヨーロッパ史」「音楽で楽しむ名画」「バッハ」(平凡社新書)。最新刊は「オペラで楽しむヨーロッパ史」(平凡社新書)。

公式HP

http://www.casa-hiroko.com/

ブログ「加藤浩子のLa bella vita(美しき人生)」

https://plaza.rakuten.co.jp/casahiroko/

おすすめ記事
広告
毎日新聞のアカウント
ピックアップ
話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. コロナ休校で10代の妊娠相談急増 性教育の機会なく、バイト中止で避妊具買えず

  2. ナガシマスパーランドでジャンボ海水プール営業開始 マスク姿で水しぶき 三重・桑名

  3. 世界の感染、1日で過去最多21万人増 米、ブラジルで拡大 新型コロナ

  4. 豪雨の死者18人に 熊本県発表 心肺停止16人、行方不明14人

  5. ORICON NEWS 浜崎あゆみ、ドラマ『M』最終回で初コメント「最低で最高で、大嫌いで大好きでした」

のマークについて

今週のおすすめ
毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです