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先月のピカイチ 来月のイチオシ

わが半生の思い出の公演ベスト3

 新型コロナ・ウイルスによる感染症拡大防止のため日本国内でコンサートやオペラ公演の開催がストップして約4カ月が経過した。感染拡大第1波はようやく収束傾向を見せてはいるものの、世界的にはまだ厳しい状況に直面している国や地域が複数あり依然予断を許さない情勢である。このためコンサートやオペラ公演が本格的に再開されるのは、もう少し先のことになりそうだ。

 そこで今月は豊富な取材・鑑賞体験を有する「先月のピカイチ、来月のイチオシ」連載の選者の皆さんに、これまで取材・鑑賞した公演の中から、特に心を動かされた、あるいは強く印象に残ったものを三つ挙げてもらった。数多(あまた)のステージに接してきた〝鑑賞の達人〟たちのベスト3とは――。

東条碩夫(音楽評論家)選

大阪国際フェスティバルのプログラム冊子中面=筆者提供

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◆大阪国際フェスティバル1967 バイロイト・ワーグナー・フェスティバル「トリスタンとイゾルデ」

1967年4月10日 フェスティバルホール

ピエール・ブーレーズ指揮NHK交響楽団/ヴィーラント・ワーグナー演出/ヴォルフガング・ヴィントガッセン(トリスタン)/ビルギット・ニルソン(イゾルデ)/ハンス・ホッター(マルケ王)他

「ワルキューレ」上演を記念した大阪グランドホテル内「レストランシャトー」の特別メニュー。左にプログラム、右にメニューが書かれた斬新なつくり=筆者提供

◆大阪国際フェスティバル1967 バイロイト・ワーグナー・フェスティバル「ワルキューレ」

1967年4月11日 フェスティバルホール

トーマス・シッパース指揮NHK交響楽団/ヴィーラント・ワーグナー演出/テオ・アダム(ヴォータン)/アニア・シリア(ブリュンヒルデ)/ジェス・トーマス(ジークムント)/ヘルガ・デルネシュ(ジークリンデ)/ゲルト・ニーンシュテット(フンディング)他

旧日フィル最後の定期公演、第243回東京定期のプログラム=筆者提供

◆日本フィルハーモニー交響楽団 第243回東京定期

1972年6月16日 東京文化会館大ホール

小澤征爾(指揮)/日本プロ合唱団連合/木村宏子/荒道子

マーラー:交響曲第2番「復活」

「バイロイト・プロダクションの日本上演」

 オーケストラ・ピットに覆いをかけ、完全な暗黒を実現させた旧フェスティバルホールで上演されたこの2巨作は、天才演出家ヴィーラント・ワーグナー(その前年秋に急逝していた)の舞台を見事な形で再現し、日本のワーグナー・ファンを震撼(しんかん)させた。当時のベストの歌手陣をそろえた演奏とともに、それはわが国のワーグナー受容史上、画期的な出来事だったと言えよう。

 彼の演出による「トリスタンとイゾルデ」では、「圧倒的な夜」こそが真の主役だった。終幕の〝愛の死〟では、底知れぬ巨大な闇の中にぽつんとひとつ、イゾルデの上半身が浮かび上がり、音楽に従ってゆっくりと照明が絞られてゆき、最後に彼女の顔だけが点となって残り、やがてそれも深い暗黒の中に消えてゆく。観(み)ている私たちの眼はその「点」に吸い寄せられ、いつしか漆黒の闇との区別さえつかなくなる。――あの「夜」のものすごさは、映像では絶対捉えられぬ類いのものだろう。

「ワルキューレ」第3幕冒頭の〝騎行〟では、女戦士たちが左右一列となって体を揺らせているだけなのだが、それらが背景いっぱいの大スクリーンに渦巻く雲の前にシルエットとなって浮かび上がる光景は、あの音楽の強烈さと相まって目もくらむような迫力を生んでいた。そして幕切れでの、スクリーンにゆっくりと大きな半円形の炎が広がってゆく美しさ、壮大さ。――東京から一緒に観に行った私たちは、終演後、「すごいね」という言葉以外には何も言えなくなったまま、黙って大阪駅まで歩き続けたのだった。

「旧・日本フィル、怒りの『復活』」

今や伝説的な事件となった旧・日本フィル最後の定期演奏会。フジテレビ・文化放送との専属契約が打ち切られ、旧財団法人の解散が決定したことにより、これがその最終定期となっていた。楽員組合と放送局側との激烈な争議のさなか、すでに楽団分裂の動きも出ていたが、いったんステージに上がれば演奏は一体。当時36歳だった首席指揮者・小澤征爾のもと、今日を限りと燃え上がった日本フィルの、あの神がかり的に凄絶(せいぜつ)な「復活」の演奏は、今も忘れられない。このテープ、CD化されるといいのだが。

      *  *  *

柴田克彦(音楽ライター)選

ボストン交響楽団来日公演で指揮する小澤征爾(左)=東京文化会館で1986年2月13日

◆小澤征爾指揮 ボストン交響楽団

1986年2月13日 東京文化会館

伊原直子(アルト)、他

マーラー:交響曲第3番

◆レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

1970年9月3日 福岡スポーツセンター

ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」Op.67/ベルリオーズ:「幻想交響曲」Op.14

◆聖トーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団

2012年3月1日 サントリーホール

ゲオルク・クリストフ・ビラー(トーマス・カントール)/ウーテ・ゼルビッヒ(ソプラノ)/シュテファン・カーレ(アルト)/マルティン・ペッツォルト(テノール・福音史家)/マティアス・ヴァイヒェルト(バス)、他

J・S・バッハ:マタイ受難曲BWV244

「人生を左右するほどの深い感銘」

強い感銘を受けた演奏や印象深い公演は、これまでに少なからずある。だがわずか“3件”となれば、スペシャルな何かを得た公演を挙げておきたい。

まず純粋な演奏面では、小澤/ボストン響のマーラーの交響曲第3番。これは各場面に終始ひき付けられた末に深い感銘を受けた公演で、各楽章の演奏シーンや、「もう音楽はしばらく聴かなくていい……」と思いながら下った上野の坂の光景を、30年以上たった今でもありありと思い出す。特に第5楽章と第6楽章の間の絶妙な間合いとその後の熱い高揚感! 楽曲と演奏と自身の心境が最上の形でリンクした一夜だった。

 バーンスタイン/ニューヨーク・フィルは全く違う意味で〝印象深い公演〟。大相撲九州場所と同じ会場の音響は最悪で、演奏も(たぶん)散漫だったと思う。しかし中学1年生の私は、「裏正面」席(今で言うP席)から、まだ元気いっぱいだったバーンスタインが何度もジャンプするのを見て単純に興奮していた。そして終演後、場内の通路(スポーツセンターなので)を引き上げるバーンスタインに駆け寄って手を伸ばすと、彼はわざわざこちらまで歩み寄って握手をしてくれた。こんなことをやったのは全聴衆の中で一人だけ。まさしく「一生手を洗わない」と思ったこの出来事は、クラシック音楽を本格的な趣味に、やがては仕事にする大きなきっかけとなった。つまり人生を左右したのが当公演だった。

 聖トーマス教会合唱団の「マタイ」は、東日本大震災後の無力感を変えてくれた公演。当時はずっと「この非常時において音楽ライターなど全くの不要物だ」との思いにとらわれていたのだが、バッハゆかりの教会の合唱団のピュアで虚飾のない歌声、1音1音が心に染みる演奏を聴いているうちに、「もしかするとクラシック音楽は人類最高の発明品かもしれない。ならば私も……」といった気持ちが芽生えてきた。その音楽が「マタイ」というのはあまりにベタだが、これもある意味人生を左右した公演だった。

     *  *  *

池田卓夫(音楽ジャーナリスト)選

◆カール・ベーム指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

1975年3月16日 NHKホール

日本・オーストリア両国の国歌/ベートーヴェン:交響曲第4番Op.60/ベートーヴェン:交響曲第7番Op.92/J・シュトラウス2世:「美しく青きドナウ」(アンコール)

アラウ本人のサインが入った当時のプログラム=筆者提供

◆クラウディオ・アラウ ピアノ・リサイタル

1979年6月3日 神奈川県立音楽堂

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第7番/同第21番「ワルトシュタイン」/リスト:ピアノ・ソナタ

※当初予定は1曲目が「ワルトシュタイン」で、次は「ソナタ第32番」のはずだったが「第7番」に変わり、順番も入れ替えて演奏した。

◆名古屋フィルハーモニー交響楽団 第55回市民会館名曲シリーズ〈第九演奏会〉

2016年12月17日 名古屋市民会館フォレストホール

モーシェ・アツモン(指揮)/森谷真理(ソプラノ)/池田香織(メゾ・ソプラノ)/与儀巧(テノール)/山下浩司(バス・バリトン)、他

ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調Op.125「合唱付き」

「素晴らしい音楽や演奏は記憶の中で楽曲と聴き手の懸け橋であり続ける」

 外国オーケストラの日本公演に初めて接したのがベーム指揮ウィーン・フィル。1974年の高校入試に合格したお祝いで、父が奮発した。日本の交響楽団は体験済みでも、正直、響きがまるで違った。以後、同フィルの演奏は本拠地ムジークフェラインザールを含め何度も聴いたが、あの時の個性的な音色は、次第に薄れてきたようにも思える。当時の外国オケ来日は「国際文化交流」の一環であり、初日には「君が代」と相手国の国歌が奏でられた。そして、「ベト7」第1楽章のホルンの地を揺るがし天を突くような音に心底、驚いたものだった。1894年8月生まれのベームは当時80歳、私は19世紀生まれの演奏家を聴いた最後の世代に属する。

 本当に素晴らしい音楽、演奏は形而上(メタフィジカル)の世界に広がり、ライヴを同時体験している時間だけでなく何か月、何年たっても記憶の中で反芻(はんすう)されながら、楽曲と聴き手の間の懸け橋であり続ける。後にドイツで暮らしたとき、演奏を意味する動詞には「spielen=弾く」「musizieren=音楽する」「erzählen=語りかける」の3段階があると知り、日本の音楽学生やコンクール受験者が「弾ける」「弾けない」で互いを評価する傾向の無意味を悟った。1903年にチリで生まれ、少年時代にベルリンでリストの高弟クラウゼに師事したアラウは「語りかける音楽」の権化であり、自身が楽譜の校訂も手がけたベートーヴェンのソナタの演奏では一世を風靡(ふうび)した。88歳まで現役を続けたが、1979年来日時でもメカニックの衰えはほとんどなかった。アンコールなし、ソナタ3曲だけの直球勝負でベートーヴェン、リストの燃え盛る創造精神、巨大なヒューマニズムの世界に私たちを引き込み、41年後の今も忘れがたい感銘を与えた。

 アツモンはベーム、アラウとは異なり、世界の音楽業界に燦然(さんぜん)と輝くスター演奏家ではない。85歳を迎えた2016年、名誉指揮者を務める名古屋フィルとの「第九」で現役の幕をみずから下ろした。音大生ではない一介の大学生にも音楽の基本を丁寧に語り、東京都交響楽団首席指揮者の時期はもちろん、ドイツでも名古屋でも私にとって「音楽上の父」であり続けた。「私のキャリアは若いころ考えたより地味に展開したが、それに何の意味がある? 40年近くの間、リハーサル初日から楽員全員の準備が整い、一貫して水準を切り上げてきた日本のオーケストラと仕事を続けられたことこそ、私の人生で最大の勲章だ」。アツモン先生が漏らした一言を、私は忘れない。

     *  *  *

毬沙琳(音楽ジャーナリスト)選

◆ウィーン国立歌劇場 リヒャルト・シュトラウス「ばらの騎士」

1994年10月18日 東京文化会館大ホール

カルロス・クライバー(指揮)/オットー・シェンク(演出)/ウィーン国立歌劇場管弦楽団/同合唱団/フェリシティ・ロット(陸軍元帥ヴェルデンベルク侯爵夫人)/アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(オクタヴィアン)/バーバラ・ボニー(ゾフィー)/クルト・モル(オックス男爵)、他

読響の創立40周年を記念した「パルジファル」=東京文化会館大で2002年10月27日 (C)読売日本交響楽団

◆読売日本交響楽団創立40周年記念公演 ワーグナー「パルジファル」

2002年10月27日 東京文化会館大ホール

ゲルト・アルブレヒト(指揮)/高島勲(演出)/ヘニング・フォン・ギールケ(舞台美術)/フランツ・グルントヘーバー(アムフォルタス)/クルト・モル(グルネマンツ、ティトゥレル)/ポール・エルミング(パルジファル)/ペトラ・ラング(クンドリ)、他

◆サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

2004年11月14日 サントリーホール

リンドベルイ:「AURA(オーラ)」/ドビュッシー:交響詩「海」—3つの交響的スケッチ/ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲/ラヴェル:バレエ音楽「マ・メール・ロワ」より〝妖精の園〟(アンコール)

「その空間でしか得ることのできないことは確実に存在する」

 1994年のウィーン国立歌劇場来日公演は、伝説のマエストロ、カルロス・クライバーの実演に筆者が触れることのできた唯一の公演である。知人から東京文化会館の最前列を譲っていただけることになったものの、あまりの高額チケットゆえ一晩考えて決断し、指折り数えながら公演の日を迎えた。初めて見るクライバーは、その視線のほとんどを舞台に向け、劇中の世界から抜け出したような優雅な動きだ。そのタクトから生まれる音楽も全てがたおやかで優美。「オペラとは、指揮するとはこういうことなのか」と、目と耳に入るもの全てが新しい世界に導いてくれた。DVDで同じ演目を観ることはいつでも出来るが、劇場に向かうまでの高揚感、3000人の拍手と一体となる感覚、その空間でしか得ることのできないことは確実に存在する。そして、その感覚は時空を超えて人生を豊かにしてくれている。

 98年から2007年まで常任指揮者として、幅広いプログラミングと企画で読売日響の演奏レベルを飛躍的に向上させたアルブレヒト。東京で13年ぶりの舞台上演となった「パルジファル」ではオケピットから本格的なワーグナーサウンドを引き出した。クルト・モルを始めとする世界的な歌い手から当時ワーグナー歌手としてキャリアを築き始めていたペトラ・ラング(今ではバイロイト音楽祭の常連)まで、アルブレヒトならではの歌手を集結させたことも印象的。オーケストラ・ピットでの演奏がその後の読響サウンドに確かな変化をもたらした点でもエポック・メイキングとなった公演だ。

 常任指揮者がオーケストラに与えるチャレンジングなテーマを一つ一つ超えていく経験は、その後の常任指揮者スクロバチェフスキとのブルックナー、カンブルランとのメシアンといった成果につながっており、音楽ファンをひきつける原動力にもなっている。

 三つ目は、2002年からベルリン・フィルの首席指揮者となったラトルが同団を帯同した初の来日公演である。就任直後03年に聴いたザルツブルク復活祭音楽祭で新しい時代を予感させたラトル。サントリーホールではマエストロ自身による現代音楽の解説や、繊細さ極まるフランス音楽で、両者の心地よい緊張感とともに素晴らしい演奏を堪能したが、アンコールで演奏された〝妖精の園〟が忘れられない演奏となった。ピアノの連弾作品が、最高峰のオーケストラによってあらゆる音に生命力が宿る音色に変わると、全身打ち震えるような感動に包まれ涙がとめどもなく流れた。

 18年秋、ベルリン・フィルを離れたラトルが芸術監督としてロンドン交響楽団を率いた来日公演でも「マ・メール・ロワ」を聴く機会があり、十数年ぶりに懐かしい友人と再会したような気持ちになった。

     *  *  *

宮嶋 極(音楽ジャーナリスト)選

75年のベーム&ウィーン・フィルの来日公演を収めたCD(ユニバーサル・ミュージック)=筆者提供

◆カール・ベーム指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団日本公演

1975年3月22日 NHKホール

ベートーヴェン:序曲「レオノーレ」第3番/ストラヴィンスキー:舞踊組曲「火の鳥」(1919年版)/ブラームス:交響曲第1番ハ短調Op.68/ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲(アンコール)

ニューヨーク・フィルの公演後、バーンスタインにしてもらったサイン=筆者提供

◆レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック日本公演

1979年7月6日(または5日)NHKホール

ハイドン:交響曲第104番ニ長調「ロンドン」/ドラックマン:「オーリオール」/マーラー:交響曲第1番ニ長調「巨人」/スーザ:「星条旗よ永遠なれ」(アンコール)

75年のカラヤン&ベルリン・フィルの公演チラシ=筆者提供

◆ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団日本公演

1979年10月21日 普門館

ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調Op.125「合唱付き」

アンナ・トモワ=シントウ(ソプラノ)/ルジャ・バルダーニ(アルト)/ペーター・シュライアー(テノール)/ホセ・ファン・ダム(バリトン)/ウィーン楽友協会合唱団

「半世紀にわたり音楽を聴き続ける原動力になった名演」

 今年は筆者が初めて生の演奏(P・シュヴァルツ指揮、札響)を聴いてから50年。半世紀間のベスト3は20世紀後半の巨匠指揮者3人によるステージである。いずれも十代の多感な心を揺さぶる感動を覚えたのだが、鑑賞経験が乏しかった時期だけに、世界的オケに初めて接した興奮による〝上増し効果〟があったのだろうと長年考えていた。ところが、20世紀の終わりにNHKでベームの当該公演の模様が再放送され、現代にはない堂々たる風格のブラームスに「あの時の感動は本物であった」と涙がこぼれた。半世紀にもわたって音楽を聴き続ける原動力にもなった名演である。

 カラヤンは当時、専門誌などで得た「美しさばかり追求した表面的な演奏」といった類いの浅薄な先入観を木っ端みじんに打ち砕く衝撃があった。70年代後半はこのコンビの全盛期。大物歌手を引き連れヴェルディ、ブルックナー、マーラーらの大曲を並べた8通りのプログラムは今見ても驚きである。第9は第1楽章から各パートがひしめくように絡み合い、個々のプレイヤーがソリストのごとく能動的に弾き進めるのだが、全体としてはピタリとそろう驚異のアンサンブル。第3楽章の温かみのある響き、第4楽章コーダでは高速テンポながらも重厚で一糸乱れずに駆け抜ける合奏力に圧倒された。以後、この演奏を超えるほど心動かされる第9はいまだに聴けていない。

 バーンスタインは同じ演目で2回公演が行われているが、どちらに行ったのかは確認できず(マチネだったと記憶)。前半はさほど印象に残る演奏ではなかったが、マーラーの第1楽章後半、バーンスタインが指揮台でジャンプをキメるとオケが大爆発。全曲の終わりには会場全体が異様なまでの興奮状態に包まれた。客席は総立ち、アンコールの「星条旗…」は勢いのある演奏で格好よかった!

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