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加藤浩子「名画が語る名作オペラ」

歌びとは世につれ〜「オルフェウス」の変遷

オディロン・ルドン「オルフェウス」

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 「オルフェウス」は、ギリシャ神話に登場する吟遊詩人である。音楽の神アポロの息子で竪琴(たてごと)の名人だった彼は、美しいニンフのエウリュディケと結ばれるが、新婚早々妻は蛇にかまれて絶命してしまった。オルフェウスは妻を取り戻すために冥界へ行き、歌と竪琴で神々を感動させてエウリュディケを取り戻すが、地上に出るまで妻を振り返ってはいけないという条件がついていた。オルフェウスは約束を守って帰路を急ぐが、地上への出口にたどり着いた瞬間、不安に襲われて振り返ってしまう。連れ戻されるエウリュディケ。オルフェウスは狂い、あらゆる女性を拒んで恨みを買い、八つ裂きにされて川に捨てられる。だが彼の頭は竪琴とともに歌い続け、レスボス島に流れ着く。竪琴はゼウスの手で星座になり、オルフェウスは冥界で妻と再会する。

 オディロン・ルドン(1840~1916年)の「オルフェウス」(1903~10年ごろ)は、竪琴とともに眠るオルフェウスの首を描いた幻想的な一枚だ。「オルフェウスの首」は、世紀末の画家たちに絶好の題材を提供した。「サロメ」画で人気を博したモローも、ラファエル前派の人気画家ウォーターハウスも、ベルギー象徴主義を代表するデルヴィルも、「オルフェウスの首」を描いた。

 しかし「オルフェウスの首」は、無数のオルフェウス作品の一断面に過ぎない。神話の本質は「音楽の力」、そして「芸術の力」にある。16、7世紀に描かれたオルフェウス画は、人間のみならず獣も山木をも動かすオルフェウスの歌の力をたたえたものが多い。

 オルフェウスが音楽の力の象徴である限り、「オペラ」というジャンルがオルフェウス神話と深く関わったのは当然だ。現存する最古のオペラ「エウリディーチェ」(ペーリ&カッチーニ、1600)も、オペラ史上初の傑作とされるモンテヴェルディの「オルフェオ」(1607)もオルフェウスの物語だ。だがその結末は、神話とは違う。メディチ家の令嬢とフランス国王の結婚祝いに上演された「エウリディーチェ」は、夫が振り返らずに妻を取り戻すハッピーエンドになり、「オルフェオ」の主人公は父アポロによって竪琴とともに天へ上げられる。2作とも宮廷の出し物であり、救いのない悲劇にはなりえなかった。

 19世紀、オルフェウス神話はパリの劇場で新たな傑作を生む。オッフェンバックの「地獄のオルフェ(邦題『天国と地獄』)」(1858)。オッフェンバックはこの作品で、オルフェウス神話を徹底的に揶揄(やゆ)した。夫婦は不仲で、オルフェウスは世論を気にしてしぶしぶ冥界へ行く。それは偽善に満ちたパリのブルジョワジーへの風刺でもあった。「地獄のオルフェ」は大ヒットする。宮廷から街中へ出た時、オペラの「オルフェウス」は鮮やかな変身を遂げたのである。

筆者プロフィル

 加藤 浩子(かとう・ひろこ) 音楽物書き。慶応義塾大学、同大学院修了(音楽学専攻)。大学院在学中、オーストリア政府給費留学生としてインスブルック大学留学。バッハとイタリア・オペラをテーマに、執筆、講演、オペラ&音楽ツアーの企画同行など多彩に活動。著書に「今夜はオペラ!」「ようこそオペラ!」「オペラ 愛の名曲20選+4」「名曲を生みだした女性たち クラシック 愛の名曲20選」「モーツァルト 愛の名曲20選」(春秋社)、「バッハへの旅」「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」(東京書籍)、「人生の午後に生きがいを奏でる家」「さわりで覚えるオペラの名曲20選」「さわりで覚えるバッハの名曲25選」(中経出版)、「ヴェルディ」「オペラでわかるヨーロッパ史」「音楽で楽しむ名画」「バッハ」(平凡社新書)。最新刊は「オペラで楽しむヨーロッパ史」(平凡社新書)。

公式HP

http://www.casa-hiroko.com/

ブログ「加藤浩子のLa bella vita(美しき人生)」

https://plaza.rakuten.co.jp/casahiroko/

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