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東条碩夫「マエストロたちのあの日、あの時」

シュヴァルツコップ(2)陽気なプリマ、厳しい自己批評

舞台上のシュヴァルツコップ=東京文化会館で1970年1月17日

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 彼女の東京文化会館におけるリサイタルをFM東京の番組放送用にライブ収録したのは、1972年の来日の際だった。

 終演後、機材の撤収に取り掛かっている私たちのもとへ、招聘(しょうへい)元の新芸術家協会の吉田マネジャーが、彼女からの伝言をもたらした。録音したテープを全部聴かせてもらいたいこと、今日は風邪気味で調子が万全でなかったので、別の日のリサイタルをもう一度録音してほしいこと、もちろんノーギャラでいいから――など。

 そして彼女は数日後、ピアニストのジェフリー・パーソンズとともに、本当にFM東京のスタジオまでやって来て、収録テープを最初から最後まで綿密に聴き通し、詳細なメモを取り、「放送してもいい曲」を自分で選び出したのである。ところが、OKの出た曲だけでは、1時間の番組枠を埋めるにはとても足りない。私は一計を案じ、次のリサイタルの前にまたスタジオへ来て、パーソンズと一緒にゲスト出演していただきたい、と申し出た。「いいアイデアだわ」と、彼女はにこやかに、楽しそうに了承してくれた。

 ところがその日、音楽雑誌やFM誌からの、少なからぬ数のカメラマンが、スタジオに集まって来ていた。シュヴァルツコップがスタジオに来てみずから選曲することなど例がないだろうし、番組広報のうえでもこれほど絶好のネタはないだろうとばかり、局の広報担当が勇んで各誌に売り込んでいたのだ。だが、シュヴァルツコップは、ひたすら困り果てていた。髪とか衣装とか、写真撮影のための準備を全くして来ていないの、と言うのである。

 決して高圧的に拒否したわけではない。ただもう、「どうしましょ、どうしましょ」と困っているだけなのだ。これには私もそれ以上何も言えず、ついに大勢のカメラマンたちに、平謝りに謝って、撮影を諦めてもらったのであった。カメラマンたちも、彼女の大歌手に似合わぬ態度の柔らかさ、明朗さには好感をいだいたのだろう。「仕方ないですよね」と苦笑して帰ってくれた。

FM東京スタジオで打合せ中のシュヴァルツコップ(右から2番目)と筆者(左から2番目)=筆者提供

 その数日後、小雪のちらつく寒い日に、彼女はパーソンズと連れ立って、上機嫌でスタジオにやって来た。私はほんの思いつきで、2人が「コンバンワ」と日本語で言いながらスタジオに入って来るシーンから録音を始めたい、と提案すると、彼女は大ノリで、ただちに日本語のあいさつの練習をやり出した。なにしろ、この日の彼女は、4年前の初来日記者会見(前回のレポート)を思い出させるような雰囲気で、打ち合わせに入ろうとすれば「それより、まず一緒に写真を撮りましょうよ」と誘ってくるという陽気さなのだ(前回掲載した写真は、私にそう言いながら盛んに誘っているカットなのである)。

 放送局時代、多くのアーティストと仕事をしたが、こんな開放的な人に会ったことはない。かくしてその日のゲスト対談は、素晴らしい雰囲気のうちに完了したのだった。私はその録音を、初日のリサイタルのライブ録音と組み合わせて、1時間の番組にまとめて放送した。

 そして最終公演の収録が終わった翌日、驚いたことに、彼女はまたもやスタジオまでやって来て、録音を入念にチェックし始めたのである。そしてまた1曲ずつメモを取り、いくつかの曲の放送をNGにしたのだが、私はこの時になって初めて、彼女が何を基準にしてそれを決めていたかを知ることができたのだった。自分の声の状態に問題のあった曲を除外したのか? そうではなかった。技術的な問題ではなく、作品についての彼女自身の解釈そのものに満足のいかなかった歌唱のものだけにダメ出しをしていたのである!

 分厚いメモ帳を私の目の前で振りまわし、「クリティック!」と明るく笑った彼女の表情は今でも忘れられない。功成り名遂げた立場でありながら、なおこのような厳しい自己批評を繰り返すシュヴァルツコップに、私などがなにを言えようか? 私は彼女の意向をすべて受け入れ、彼女の選んだ曲だけで番組を構成したのだった。

筆者プロフィル

 東条 碩夫(とうじょう・ひろお) 早稲田大学卒。1963年FM東海(のちのFM東京)に入社、「TDKオリジナル・コンサート」「新日フィル・コンサート」など同社のクラシック番組の制作を手掛ける。1975年度文化庁芸術祭ラジオ音楽部門大賞受賞番組(武満徹作曲「カトレーン」)制作。現在はフリーの評論家として新聞・雑誌等に寄稿している。著書・共著に「朝比奈隆ベートーヴェンの交響曲を語る」(音楽之友社刊)、「伝説のクラシック・ライヴ」(TOKYO FM出版)他。

ブログ「東条碩夫のコンサート日記 http://concertdiary.blog118.fc2.com」公開中。

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