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先月のピカイチ 来月のイチオシ

わが半生の思い出の海外公演ベスト3

 国内ではコンサートの再開へ向けた動きが徐々に始まった。当面、演奏者相互の距離の取り方や聴衆の収容人数など、感染を防ぎ音楽的効果も確保していくための試行錯誤が続く。その一方で世界的には新型ウイルスの感染拡大を抑え込むことができず依然厳しい状況に直面している国や地域が複数あり、音楽界が元の日常を取り戻すまでには、もう少し時間を要することになりそうだ。そこで今月も豊富な取材・鑑賞体験を有する「先月のピカイチ、来月のイチオシ」連載の選者の皆さんに、これまで海外で取材・鑑賞した公演の中から、特に心を動かされた、あるいは強く印象に残ったものを三つ挙げていただいた。

「戦争と平和」より、ネトレプコとフヴォロストフスキー (C)Winnie Klotz/Metropolitan Opera

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東条碩夫(音楽評論家)選

◆バイロイト音楽祭1988 ワーグナー:「ニーベルングの指環」

1988年8月23、24、26、28日 バイロイト祝祭劇場

ダニエル・バレンボイム(指揮)/バイロイト祝祭管弦楽団/ハリー・クプファー(演出)/フランツ・マズーラ他(ヴォータン)/デボラ・ポラスキ(ブリュンヒルデ)/ジークフリート・イェルザレム他(ジークフリート)/ペーター・ホフマン(ジークムント)他

◆メトロポリタン歌劇場 プロコフィエフ:「戦争と平和」

2002年3月9、12日 メトロポリタン歌劇場

ヴァレリー・ゲルギエフ、ジャナンドレア・ノセダ(指揮)/メトロポリタン・オペラ管弦楽団/アンドレイ・コンチャロフスキー(演出)/ドミトリ・フヴォロストフスキー(アンドレイ・ボルコンスキー公爵)/アンナ・ネトレプコ(ナターシャ)/サミュエル・レイミー(クトゥーゾフ将軍)/アレクセイ・ステブリアンコ&ゲガム・グリゴリアン(ピエール・ベズーホフ伯爵)他

◆小澤征爾指揮/新日本フィルハーモニー交響楽団 1974年欧米演奏旅行

1974年10月29日 パリ、シャンゼリゼ劇場

堤剛(チェロ)/今井信子(ヴィオラ)

ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」、R・シュトラウス:「ドン・キホーテ」他

名演出家クプファー、渾身(こんしん)の「指環」

 バイロイトの「指環」上演史における「最後の壮大なプロダクション」と言ってもいいだろう。クプファーが腕によりをかけた、水も漏らさぬ論理的で精緻な構築の演出である。1988年のプレミエ時の演出は、現在出ているDVDで観(み)る映像とはいくつかの点で違いがあり、「ワルキューレ」冒頭の嵐の場面など、奥深い闇の中から疾走してきたジークムント(ホフマン)が巨大な壁をぱっと乗り越えてフンディングの館に飛び込むといったような、スペクタクルな見せ場にも富んでいた。運命、輪廻(りんね)、未来への希望など、「指環」に不可欠な心理的描写を見事に具現した、まさに名舞台と呼ぶにふさわしい、とてつもなくスケールの大きな上演だったのだ。あの巨大な宇宙的空間は、やはりナマで観ないと味わえない。

豪華絢爛(けんらん)、METの「戦争と平和」

 シニカルなアンドレイ役のフヴォロストフスキー。この時がMETデビューだった初々しい少女のようなナターシャ役のネトレプコ。ゲルギエフと交替で指揮したノセダもこれがMETデビュー。それら豪華な顔ぶれもさることながら、G・ツィーピンの華麗な舞台装置の絢爛たる美しさ! 背景に照明で描かれるモスクワ炎上のイメージ、死せるアンドレイを乗せたベッドが降り出した雪の中を背景の闇へ消えて行く光景、爆発した弾丸に空中を回転して「吹き飛ばされる」兵士など、あれほど豪壮かつ華麗なスペクタクル・オペラは観たことがない。METの底力である。ゲルギエフらがつくり出す演奏の素晴らしさに、私はこの「戦争と平和」がいっぺんに好きになったほどであった。

小澤征爾の人気のすごさを間近に見た

 ボストン響の音楽監督に就任するなど、欧米各都市で目覚ましく評価を高めていた時期の小澤征爾。今と違って情報の少ない当時、その実態はなかなか把握できなかったものだが、このパリのシャンゼリゼ劇場における演奏会を現地で実際に取材してみて、オザワがパリの若者たちからいかに強く支持されているかを垣間見たような気がした。何しろカーテンコールの時など、彼がステージに出て来ると、その都度、上階席をうずめた若いファンたちが熱狂し、激しく沸き返るのである。それは実に感動的な光景であった。——かようにパリの若者を夢中にさせる日本人指揮者も、いつかはまたきっと登場するだろう。

          *    *    *

 

柴田克彦(音楽ライター)選

◆アン・デア・ウィーン劇場 R・シュトラウス:「インテルメッツォ」

2008年12月18日 アン・デア・ウィーン劇場

キリル・ペトレンコ(指揮)/ウィーン放送交響楽団/クリストフ・ロイ(演出)/ボー・スコウフス(シュトルヒ)/カロラ・グラゼル(クリスティーネ)他

◆ウィーン国立歌劇場 ワーグナー:「神々の黄昏」

2008年12月19日 ウィーン国立歌劇場

フランツ・ウェルザー=メスト(指揮)/ウィーン国立歌劇場管弦楽団/スヴェン=エリック・ベヒトルフ(演出)/クリスティアン・フランツ(ジークフリート)/エヴァ・ヨハンソン(ブリュンヒルデ)/エリック・ハーフヴァーソン(ハーゲンなど)/藤村実穂子(ヴァルトラウテ)他

メータとベルリン・フィル (C)Monika Rittershaus

◆ズービン・メータ指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

2008年12月22日 ベルリン、フィルハーモニー

マーラー:交響曲第3番

2008年末のウィーン&ベルリン旅行、インパクト大なる公演の数々

 恥ずかしながら海外での鑑賞経験は数えるほど。それゆえ本企画に参加する資格はないのだが、2008年末のウィーン&ベルリン旅行でインパクト大なる公演に続けて出会ったので、ささやかにそれらを記しておきたい。

 アン・デア・ウィーン劇場の「インテルメッツォ」は、当時まだ〝注目株の一人〟程度の存在だったキリル・ペトレンコが、上演至難なこの演劇のようなオペラを、キビキビした運びで生き生きと奏でたことにいたく感心した公演。ウィーン国立歌劇場の「神々の黄昏」は、ウェルザー=メストの精緻で引き締まった造作による〝さりげなくも圧倒的な〟ワーグナー。長さをまるで感じることがなく、ヴァルトラウテ役の藤村実穂子の見事な歌唱も印象的だった。メータ&ベルリン・フィルのマーラーの3番は、フィルハーモニーにおける同楽団のすごさを目の当たりにして、〝ホールとオケの関係〟を再考させられた公演。同曲を十八番とするメータの自在にして美麗な構築も素晴らしく、バボラーク率いるホルン軍団をはじめとするベルリン・フィルの圧倒的な技量と覇気にも深い感銘を受けた。

          *    *    *

池田卓夫(音楽ジャーナリスト)選

1992年のニューイヤー・コンサートを収録したDVD

◆ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団「ニューイヤー・コンサート1992」

1992年1月1日 ウィーン、楽友協会(ムジークフェライン)大ホール

カルロス・クライバー(指揮)

オットー・ニコライ:「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲/ヨハン・シュトラウス2世:「町と田舎」「美しき青きドナウ」他

◆ミエチスラフ・ホルショフスキー ピアノ・リサイタル

1991年5月13日 フランクフルト・アム・マイン、アルテ・オーパー「モーツァルト・ザール」

◆ザルツブルク音楽祭1992 メシアン:「アッシジの聖フランチェスコ」

1992年8月21日 ザルツブルク、フェルゼンライトシューレ

エサ=ペッカ・サロネン(指揮)/ピーター・セラーズ(演出)/ロサンゼルス・フィルハーモニック/ジョゼ・ヴァン・ダム(聖フランチェスコ)/ドーン・アップショウ(天使)/トム・クラウゼ(兄弟ベルナルド)/アルノルト・シェーンベルク合唱団 他

フランクフルトを起点に

 1988年3月から4年間、新聞社のフランクフルト支局長・特派員を務めた。赴任時の「西ドイツ」は離任時、統一ドイツに変わっていた。現地で最後に聴いた1992年2月のベルリン・フィル定期演奏会(ネーメ・ヤルヴィ指揮)でデビューした21歳のピアニスト、レイフ・オヴェ・アンスネスの才能を激賞して音楽雑誌の「ドイツ便り」を執筆した直後、アウトバーンで頑丈なSAAB(サーブ・オートモービル)が全破損する事故を起こし、奇跡的に軽傷で済んだから、今まだ書き続けていられる。

 「せっかくヨーロッパにいたのだから1度くらい、ニューイヤー・コンサートを生で観たい」。念願は、ウィーンへ移住していた先輩女性がコンサートマスターのライナー・ホーネックと親しい縁であっさり、しかも、カルロス2度目で最後のニューイヤーを前から数列目で聴ける幸運として実現した。現在DVDで入手可能な映像には緑色のスーツに身を包み、絶えず落ち着きのない33歳の東洋人の姿が残る。今も「あれ、池田さんでしょ?」とかメールしてくる人がいて、恥ずかしい。でも襟を正して微動だにせず聴くなんて不可能、本当なら踊りたいほどすてきなワルツ、ポルカが次々奏でられ、ダンサー顔負けに優美なカルロスの指揮姿を数メートルの至近距離のライブで拝めた至福は筆舌に尽くし難い。1994年にウィーン国立歌劇場、東京文化会館の2度鑑賞できた最後のオペラ指揮「ばらの騎士」(R・シュトラウス)ともども、強烈なカルロス体験だった。

ホルショフスキーが1987年に来日した際のカザルスホールでのライブ録音

 奇跡は予期しない形で現れる。1987年、御茶ノ水にカザルスホールがオープン、長年カザルスの室内楽パートナーだったホルショフスキーが95歳で来日、12月に素晴らしいリサイタルを開いたとき、私は東京を遠く離れた広島支局の駐在記者で聴くことができなかった。だが4年後、98歳11カ月の時点の演奏を自宅、事務所のちょうど中間地点にある徒歩圏内のアルテ・オーパー(旧歌劇場)で仕留めた。同日、大ホールではエリザベート・レオンスカヤが協奏曲を弾く予定だったが、病気で代役に替わった。「ピアニスト急病」の報せに、てっきり98歳の方だと誤解した人々が次々と、恐る恐るモーツァルト・ザールに現れた。ホルショフスキーはキャンセルこそしなかったものの両脇を支えられ、やっとの思いでピアノに向かい、明らかに不調だった。ショパンの途中ついに記憶クランチでストップ、皆が固唾(かたず)をのんで見守る中、しわがれ声でポーランド民謡とおぼしき旋律を歌いだした。ショパンも幼いころ、親しんだ音楽なのだろう。数分後、記憶がよみがえって以降は別人のように輝かしく、神々しいピアノ芸術の神髄を極めた。新聞批評はどれも「私たちが普段なにげなく聴いている音楽の根源に触れた奇跡の一夜」を絶賛、私も同じ思いだった。

 メシアン唯一のオペラ「アッシジの聖フランチェスコ」は1983年、小澤征爾が作曲家立ち会いのもとパリ・オペラ座で世界初演、センセーショナルな成功を収めたが、日本では小澤自身による部分初演(1986)にとどまっていた。日本に帰国後に交通事故の後遺症が現れ、ようやく治療のメドが立った幸運=奇跡への感謝、ヨーロッパ時代最後の旅行でアッシジ大聖堂を訪れた縁などさまざまな思いを胸に再びホーネックのルートで、セラーズ&サロネンの「聖フランチェスコ」のチケットを購入、5カ月ぶりにヨーロッパの土を踏んだ。当時のセラーズは売り出し中、ニューヨークの「トランプタワー」を舞台にした「フィガロの結婚」(モーツァルト)の読み替え演出などで注目を集めていた。メシアンの舞台にもネオン管、ソニーのモニター(まだブラウン管だった!)などが所狭しと置かれ、アップショウの背中には羽が生えていた。題名役のヴァン・ダム1人、超越した存在だったのを覚えている。モーツァルトの故郷に米国西海岸のオーケストラ、メシアンのカラフルな音楽がはまったという、やはり奇跡的な芸術の体験だった。

          *    *    *

毬沙琳(音楽ジャーナリスト)選

当時のプログラム。第1部は17:00、第2部は19:30開始と長時間にわたった=筆者提供

◆ヨーヨー・マ チェロ・リサイタル 

1991年1月13日 ニューヨーク、カーネギーホール

J・Sバッハ:無伴奏チェロ組曲全曲

◆バイロイト音楽祭2003 ワーグナー:「タンホイザー」

2003年8月3日 バイロイト祝祭劇場

クリスティアン・ティーレマン(指揮)/フィリップ・アルロー(演出)/グレン・ウィンスレイド(タンホイザー)/リカルダ・メルベート(エリーザベト)/ローマン・トレーケル(ヴォルフラム)/クレメンス・ビーバー(ヴァルター)/クワンチュル・ユン(領主ヘルマン)/バルバラ・シュナイダー=ホフシュテッター(ヴェーヌス)他

  

◆グリゴリー・ソコロフ ピアノ・リサイタル 

2018年6月11日 フィレンツェ五月音楽祭劇場

ハイドン:ピアノ・ソナタト短調Hob.XVI:44/同ロ短調Hob. XVI:32/同嬰ハ短調Hob. XVI:36/シューベルト:4つの即興曲Op.142 D.935/(以下アンコール)シューベルト:4つの即興曲Op.90よりNo.4/ラモー:クラヴサン曲集より「鳥の呼び声」/ショパン:24の前奏曲Op.28より No.15「雨だれ」他

またいつか、ソコロフを聴きに旅に出る日を待ちわびて

 バッハの無伴奏チェロ組曲、全6曲を一晩で演奏するというのはチェリストにとってどれほどの覚悟を要するものだろう。湾岸戦争が始まる数日前にカーネギーホールが主催したヨーヨー・マのリサイタルは舞台上の左右両側にまで観客を座らせるほどの盛況ぶりだった。ただでさえ集中力を要するプログラムであろうと、音楽の殿堂はそこまでするのか、というカルチャーショックを受けながらコンサートは始まった。前半の3曲を聴き終え街中のデリで軽食を取り、後半に臨むと「こんなクレイジーなコンサートに良くお付き合いくださいました」と人懐っこい笑顔でヨーヨー・マが語りかける。クレイジーではない、自然の摂理に導かれるような素晴らしい演奏とチャレンジングな試みを見届けたことの達成感は今でも強く覚えている。そして、この世に生まれてきたことへの感謝、畏怖(いふ)の念にとらわれるほどの感動は、それがバッハだったから。

 2003年の夏、思いがけず知人の計らいでバイロイト音楽祭のチケットを手にすることができた。ワーグナーの理想を体現したバイロイト祝祭劇場で初めて聴いたのはティーレマン指揮の「タンホイザー」だった。拍手もないまま、客電が落ちるとそこは深淵(しんえん)なる闇の世界に変わる。無の境地にあって、地の底から聴こえてきた音は、ワーグナーの時代から受け継がれてきた唯一無二のもの。これを聴いてバイロイトの魔力にとりつかれない人が果たしているだろうか……。音楽だけでなく、ヴェーヌスの館が舞台奥に飛んで消えていく演出にも圧倒された。古色蒼然(そうぜん)とした劇場でも舞台機構はなかなかのハイ・スペックだ。あれから幾度も緑の丘で夏を過ごし、数々のワーグナー作品を楽しむこととなった私の人生の転換点。

1990年代初頭に来日して以来、日本での公演がないソコロフ (C) Anna-Flegontova/DG

 一度生で聴いてみたいと思っていたピアニストのソコロフ、3日おきにヨーロッパのさまざまな都市でリサイタルを開いているのをホームページでチェックし、2年前の夏フィレンツェまで聴きに行った。前半のハイドンは、重力から解放された羽のように軽い腕の動きから生まれる、ピアノという楽器の可能性を極限まで広げた繊細な音に一気に魅せられた。後半のシューベルトでは、人の感情はここまで豊かなのかと音の求道者の前に首を垂れる思いになる。アンコールを同じ作曲家でつなげラモー、ショパン、スクリャービン……と6曲ほど弾き続ける。音だけで次々に世界観の変わるアンコールはさながら第3部だ。ピアノと向き合うだけの3時間弱、登場の度に客席からは歓声が上がるほどの熱狂が渦巻く。またいつか、ソコロフを聴きに旅に出る日を待ちわびている。

           *    *    *

宮嶋 極(音楽ジャーナリスト)選

1996年のザルツブルク音楽祭のプログラム(左)とにぎわうザルツブルク祝祭大劇場前の様子=筆者提供

◆ザルツブルク音楽祭1996 サイモン・ラトル指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

1996年7月29日 ザルツブルク祝祭大劇場

バルトーク:管弦楽のための協奏曲 Sz.116/ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調Op.68「田園」

ウィーン国立歌劇場(左)、「トリスタン」のプログラムとデフォールのサイン入りキャスト表=筆者提供

◆ウィーン国立歌劇場 ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」

2004年5月9日 ウィーン国立歌劇場

クリスティアン・ティーレマン(指揮)/ギュンター・クレーマー(演出)/トーマス・モーザー(トリスタン)/ルアナ・デフォール※英語読み=デヴォル(イゾルデ)/ロベルト・ホル(マルケ王)/ペーター・ヴィーバー(クルヴェナル)/藤村実穂子(ブランゲーネ)他

バイロイト祝祭劇場の内部 (C)Baireuther Festspiele/Jorg Schulze

◆バイロイト音楽祭2015 ワーグナー:「ニーベルングの指環」

2015年8月9日、10日、12日、14日 バイロイト祝祭劇場

キリル・ペトレンコ(指揮)/フランク・カストルフ(演出)/ヴォルフガング・コッホ(ヴォータン)/クラウディア・マーンケ(フリッカ)/アルベルト・ドーメン(アルベリヒ)/アンドレアス・コンラード(ミーメ)/アンドレアス・ヘール(ファーフナー)/ヨハン・ポータ(ジークムント)/アニヤ・カンペ(ジークリンデ)/クワンチュル・ユン(フンディング)/キャスリーン・フォスター(ブリュンヒルデ)/シュテファン・ヴィンケ(ジークフリート)/アレッサンドロ・マルコ=ブルメスター(グンター)/シュテファン・ミーリンク(ハーゲン)他

新時代到来を目の当たりにしたペトレンコの「リング」

 ラトルとウィーン・フィルの初顔合わせとなった1996年のザルツブルク音楽祭。注目したのはバルトークのオケコン→ベートーヴェン「田園」というその演奏順である。たいていの指揮者は近現代のオーケストレーションの粋を凝らしたオケコンを後にもってくるはずだ。ラトルは後のロマン派へとつながっていく「田園」の奥深い世界観を余すところなく描き出し、作品の大きさを見事に表現してみせた。逆にバルトークでは譜面に内在する古典的要素を巧みに抽出して聴かせることで、プログラミングの意図を明快に示した。作品に対する洞察力、オケへの的確なコントロールぶりと合わせて彼の非凡さを実感させてくれる体験であった。その後もラトルによる「田園」を3度聴いたが回を重ねるごとに深みを増し、その世界観はさらに壮大になった。多くの名指揮者で数えきれないほど聴いてきた作品であるが、筆者にとってのベストはいまだに「ラトルの田園」である。

 ティーレマン指揮のワーグナーについては迷った末にウィーン国立歌劇場の「トリスタン」を選んだ。事実上のウィーン・フィルである国立歌劇場管の美点を最大限に生かした濃密なサウンドを駆使し、それを舞台上の歌唱とうねるような流れをもってシンクロさせていく。現代を代表するワーグナー指揮者としての手腕を発揮したステージとして強く印象に残っている。当初イゾルデ役はデボラ・ヴォイトが予定されていたが体調不良で降板。前日、ウィーン・フィル定期に出演したデフォールが急きょ代役として登場。後に関係者から聞いたところでは「急な主役交代がレパートリー公演ながら独特の緊張感をもたらした」という。終演後、目と耳の肥えたウィーンの観客・聴衆が総立ちとなるほどの名演であった。

開演を知らせるファンファーレ(左)と当時のプログラム=筆者提供

 バイロイトで2013年からスタートした「リング」のプロダクション。その主役は指揮者のペトレンコであった。バイロイト初登場の彼については筆者も初体験だったが序夜「ラインの黄金」を聴いただけで打ちのめされた。そこに長年思い描いていた理想のワーグナーの音楽が現実のものとして存在していたからだ。複雑に絡み合う動機を室内楽のように浮かび上がらせる一方で、時にすさまじいまでの爆発力や推進力を伴って音楽を進める。内面を掘り下げる表現の繊細さも卓越しており、筆者にとってはまさに理想の「リング」。3年連続で取材したが、最後の15年の情景が今も脳裏に焼き付いている。終演後の圧倒的な喝采はそれまで長年にわたってこの音楽祭に〝君臨〟してきたティーレマンがかすんで見えたほど。当時書いたリポートには「ペトレンコという太陽の前にティーレマンが月のように感じられた」と記した。新時代到来を目の当たりにした「リング」であった。

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