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加藤浩子「名画が語る名作オペラ」

イゾルデを「聖母」にした運命の名画~ティツィアーノ「聖母被昇天」から「イゾルデの愛の死」へ

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ「聖母被昇天」

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 リヒャルト・ワーグナー(1813~1883年)のイタリア好きは有名である。その足跡は、北イタリアのヴェネツィアから南端のシチリア島にまで及ぶ。最後のオペラ「パルジファル」は、トスカーナの古都シエナの大聖堂や、アマルフィ海岸に建つ中世の館ルーフォロ荘からインスピレーションを受けて書かれた。第2幕に登場する「クリングゾルの魔法の庭園」は、海を望むルーフォロ荘の庭園がモデルだ。

 しかしワーグナーともっとも関係の深いイタリアの都市といえばヴェネツィアである。1858年、マティルデ・ヴェーゼンドンクとの不倫の恋が破綻した苦しみから逃れるように初めてヴェネツィアを訪れて以来、ワーグナーは6回にわたってこの海の都に足を運んだ。最期を迎えたのも、大運河沿いにたたずむ荘厳なルネッサンス建築のヴェンドラミン館だった。

 最初のヴェネツィア滞在で、ワーグナーはマティルデとの恋が引き金になったといわれる「トリスタンとイゾルデ」の作曲に打ち込んだ。作品が完成し、初演の可能性を探っていた1861年、ワーグナーは再びヴェネツィアを訪れる。そこで出会った1枚の絵が、「トリスタンとイゾルデ」の幕切れで、愛に命をささげて昇天するイゾルデのイメージを決定づけた。

 ティツィアーノ「聖母被昇天」(1518年)。人生の終わりに肉体も魂も天へと引き上げられる聖母マリアを描いた、ヴェネツィア第二の教会であるフラーリ教会の祭壇の背後を飾る大作である。

 薄暗い聖堂の奥に忽然(こつぜん)と現れるその姿は、今なお衝撃的だ。聖母の象徴である青と薔薇(ばら)色の衣をひるがえし、確信と恍惚(こうこつ)感に満ちたまなざしで天にいる主を仰ぎ見ながら、黄金の光のなかを飛翔(ひしょう)してゆく聖母。構図は劇的で、マリアの表情は官能的ですらある。

 実際この作品は発表当時、あまりにも大胆すぎるという批判にもさらされた。しかし公開されると大評判となり、30歳ほどだったティツィアーノの出世作となったのである。

 「あれは聖母じゃない。愛によって浄化されたイゾルデだ」 

 この作品に出会った時の印象を、ワーグナーは晩年、妻のコジマにそう語っている。

 4年後、「トリスタン」の初演に臨んだワーグナーは、大詰めの「イゾルデの愛の死」に「聖母被昇天」のイメージを重ねた。ミヒャエル・エヒターによる初演の舞台画では、死にゆくイゾルデは大きく手を広げて天を仰いでいる。そのポーズも、背後に翻る衣も、ティツィアーノの聖母の縁戚だ。

 限りなく飛翔する音楽と、限りなく飛翔する聖母。二つが溶け合い、奇跡が生まれた。

筆者プロフィル

 加藤 浩子(かとう・ひろこ) 音楽物書き。慶応義塾大学、同大学院修了(音楽学専攻)。大学院在学中、オーストリア政府給費留学生としてインスブルック大学留学。バッハとイタリア・オペラをテーマに、執筆、講演、オペラ&音楽ツアーの企画同行など多彩に活動。著書に「今夜はオペラ!」「ようこそオペラ!」「オペラ 愛の名曲20選+4」「名曲を生みだした女性たち クラシック 愛の名曲20選」「モーツァルト 愛の名曲20選」(春秋社)、「バッハへの旅」「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」(東京書籍)、「人生の午後に生きがいを奏でる家」「さわりで覚えるオペラの名曲20選」「さわりで覚えるバッハの名曲25選」(中経出版)、「ヴェルディ」「オペラでわかるヨーロッパ史」「音楽で楽しむ名画」「バッハ」(平凡社新書)。最新刊は「オペラで楽しむヨーロッパ史」(平凡社新書)。

公式HP

http://www.casa-hiroko.com/

ブログ「加藤浩子のLa bella vita(美しき人生)」

https://plaza.rakuten.co.jp/casahiroko/

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