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東条碩夫「マエストロたちのあの日、あの時」

ワレリー・ゲルギエフ(2)2003年の白夜祭

「指環」舞台装置について話すゲルギエフ(右)と筆者=マリインスキー劇場で

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 ワレリー・ゲルギエフは、2000年に「ミレニアム・リング」として、ロシア初の「ニーベルングの指環」上演を実現する、とその数年前から宣言していた。「マリインスキーにはまだ『リング』は無理だ、冒険だ、という人がいるが、私は気にしない」

 こうして2000年6月26日、「白夜祭」の目玉公演として、ヨハネス・シャーフの演出、ゴットフリート・ピルツの装置、マンフレート・フォスの照明というドイツ勢スタッフによる舞台で、マリインスキーの「指環」は幕を開けた。第1作「ラインの黄金」のプレミエを私も現場で観(み)たが、中央に円形の回転舞台(指環の象徴?)を置き、背景上方に巨大な眼を投映した、欧州の現代的スタイルともいうべきものだった。

 このツィクルスは翌年の「ワルキューレ」までやったという話だが、プロジェクトはそこで中止になった。なぜか? ゲルギエフが語ってくれたところでは、「いまさらドイツの演出のまねをしても意味がない、ロシアにはロシアのやり方、解釈、スタイルによる『指環』があってしかるべきだ」。そこで、スキタイやオセチアの神話伝説にヒントを得た、独自のコンセプトによる「指環」が発案されることになる。装置は彼の盟友ゲオルギー・ツィーピン。「彼と何時間も話し合って決めた」とゲルギエフは言っていたが、ツィーピンにきくと「なに、初めから終わりまでマエストロがひとりでしゃべっていたよ」。

 新しい「マリインスキー・リング」は、2003年のサンクトペテルブルク建都300年記念と銘打たれ、「白夜祭」に登場した。私も観た6月13日~18日のプレミエ上演は、しかし、スキタイ神話だけでなく、アフリカ系、インカ系、中央アジアの遊牧民系の事物や衣装、鯨面文身(げいめんぶんしん=刺青)の扮装(ふんそう)など、ありとあらゆる要素が詰め込まれ、華麗ではあったが雑然として、突拍子もないアイディアが満載された舞台であった。「ワルキューレ」の〝魔の炎の場〟で、ローゲを先頭に炎の精たちが登場してダンスを繰り広げたのには仰天したが、その後のベルリンやミュンヘンの「指環」でもダンスが盛んに取り入れられるようになったところからすれば、これはそれらの先駆となったのかもしれない。

 ちなみにこのプロダクションは、同年12月末にドイツのバーデン=バーデンでも上演され、この時には演出も、変更といっていいほどに改訂整理されていた。2006年には東京でも上演されたが、その時にもさらに大きく手が加えられていた。

 2003年の「白夜祭」にもう少し触れておこう。私は「神々の黄昏」上演の前にエルミタージュ美術館に行き、スキタイの出土品部門を見学した。スキタイの彫像として展示されているものが「指環」の舞台に並んでいた多数の地蔵のような像と全く同じ形状だったのを見て、ゲルギエフの言ったことは本当だった、と思ったものである。あとでゲルギエフにその話をしたら、喜んだのなんの。日本公演での記者会見の際に「スキタイの歴史と文化について研究してくれている日本の音楽ジャーナリストもいる」と言い出したのは、いくらなんでもオーバーだと思ったが……。

 14日の「ワルキューレ」の前には、サンクトペテルブルク音楽院の中で演奏会が一つあり、ゲルギエフが聴きに来ていたが、彼いわく、卒業以来、ほぼ30年ぶりにここに入ったのだという。恩師ムーシンが使っていた部屋には、指揮台と大きな鏡が当時のままに置いてあった。ゲルギエフは「ここに、こう立って、こうやって練習したんだよ僕は」と腕を伸ばしてポーズを作りながら感無量といった面持ち。彼の厳めしい顔が学生のように無心な表情になっていたのは、ちょっと感動的な光景だった。

 15日には劇場でガラ・コンサートがあり、折から政治経済会議のため市に来ていたプーチン大統領も聴きに来るというので、劇場内外は水も漏らさぬ警備ぶりだったが、結局彼は来なかった(このあたりが日本と異なる鷹揚さだ)。

 夜7時から始まった演奏会は、マリインスキー劇場管弦楽団やヤング・フィル、歌手ではアンナ・ネトレプコやエフゲニー・ニキーチン、イルダール・アブドラザコフら、指揮ではゲルギエフの他にユストゥス・フランツ、当時副指揮者だったジャナンドレア・ノセダなども次々に登場して、綺羅星(きらぼし)のごとき華やかさ。オペラの抜粋やアリアの他に、マーラーの第5交響曲やベートーヴェンの第4ピアノ協奏曲など、重量級プログラムも並ぶ。

 10時ごろに中座して大統領のパーティーへ出かけて行ったゲルギエフは、午前1時半ごろに戻って来て、それからチャイコフスキーの第5交響曲を演奏するといった具合で――――聴衆は400人ほどが最後まで残っていたという。全く、何というタフな人々であろう! 私は深夜0時ごろに逃げ出し、ホテルのベッドにもぐりこんでしまったが。

筆者プロフィル

 東条 碩夫(とうじょう・ひろお) 早稲田大学卒。1963年FM東海(のちのFM東京)に入社、「TDKオリジナル・コンサート」「新日フィル・コンサート」など同社のクラシック番組の制作を手掛ける。1975年度文化庁芸術祭ラジオ音楽部門大賞受賞番組(武満徹作曲「カトレーン」)制作。現在はフリーの評論家として新聞・雑誌等に寄稿している。著書・共著に「朝比奈隆ベートーヴェンの交響曲を語る」(音楽之友社刊)、「伝説のクラシック・ライヴ」(TOKYO FM出版)他。

ブログ「東条碩夫のコンサート日記 http://concertdiary.blog118.fc2.com」公開中。

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