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加藤浩子「名画が語る名作オペラ」

世界一有名な大天井画に隠されたシャガール家の事情〜パリ、オペラ座天井画「夢の花束」

マルク・シャガール「夢の花束」

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 パリ、旧オペラ座(ガルニエ宮)には、おそらく世界で一番有名な「天井画」がある。

 マルク・シャガール(1887~1985年)「夢の花束」(1964)。有名な作家で、フランスの文化大臣でもあったアンドレ・マルローの依頼で制作された大天井画だ。画面には、エッフェル塔やオペラ座などパリの名所とともに、シャガールが愛した「魔笛」をはじめとするオペラやバレエの名作からイメージされた人物やモティーフが、「色彩の魔術師」と呼ばれたシャガールならではの華やかな色遣いで舞っている。

 モダンで自由で色鮮やかなこの天井画は、劇場の天井画としては破格である。伝統的な劇場の天井画といえば、神話の神々や作曲家や作品を、歴史画のように擬人化して描いたものが定番だ。パリのオペラ座にも、シャガールの作品が完成する前には、ルヌヴーによる同様の天井画(1872)があった。いや、正確にはまだ残っている。シャガールの作品は、不評だった時はルヌヴー作品に戻せるように、取り外し可能になっているのだ。シャガールの天井画を外そうなどとは、今なら誰も考えないだろうけれど。

 この天井画には、シャガールの人生も隠れている。1962年、下絵の制作にかかっていたシャガールは、1人の「助手」を呼び寄せた。ダヴィット・マックニール。当時16歳の、実の息子である。姓が違うのは、シャガールと彼の母ヴァージニアが結婚に至らなかったからだ。

 ヴァージニアは、愛妻のベラを喪(うしな)って意気消沈しているシャガールのところに「家政婦」として現れた女性である。ヴァージニアには夫がいたが、結婚生活は不幸だった。2人は恋に落ち、ダヴィットが生まれる。だが数年後、ヴァージニアは別の男性のもとへ奔(はし)ってしまう。ダヴィットと、最初の結婚で生まれた娘のジーンを連れて。

 シャガールの2番目の妻となったヴァランティーナは、この「妻子」を徹底的に遠ざけた。天井画に特別な助手がいたことが広く知られるようになったのは、シャガールの死後のことだった。

 だが父を崇拝していたダヴィットにとって、この経験は宝物になった。彼は下絵の背景の青色を塗っただけだったが、この時の自分を「世紀の大傑作の一点に関わったこと」を、「世界で最も誇らしく思っている下請け職人」だったと回想している(惣田くみ子訳「シャガール――天使とぼくのあしあと」)。ダヴィットもまた、シャガールの芸術の魔法にかかった一人だったのである。

筆者プロフィル

 加藤 浩子(かとう・ひろこ) 音楽物書き。慶応義塾大学、同大学院修了(音楽学専攻)。大学院在学中、オーストリア政府給費留学生としてインスブルック大学留学。バッハとイタリア・オペラをテーマに、執筆、講演、オペラ&音楽ツアーの企画同行など多彩に活動。著書に「今夜はオペラ!」「ようこそオペラ!」「オペラ 愛の名曲20選+4」「名曲を生みだした女性たち クラシック 愛の名曲20選」「モーツァルト 愛の名曲20選」(春秋社)、「バッハへの旅」「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」(東京書籍)、「人生の午後に生きがいを奏でる家」「さわりで覚えるオペラの名曲20選」「さわりで覚えるバッハの名曲25選」(中経出版)、「ヴェルディ」「オペラでわかるヨーロッパ史」「音楽で楽しむ名画」「バッハ」(平凡社新書)。最新刊は「オペラで楽しむヨーロッパ史」(平凡社新書)。

公式HP

http://www.casa-hiroko.com/

ブログ「加藤浩子のLa bella vita(美しき人生)」

https://plaza.rakuten.co.jp/casahiroko/

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