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アンコール

モーツァルト歌劇「フィガロの結婚 ~庭師は見た!~」野田秀樹演出版再演

幕末の設定らしく、和のテイストが盛り込まれた舞台や衣装 (C)青柳聡

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 2015年に新制作上演された井上道義総監督・指揮、野田秀樹演出による「フィガロの結婚 ~庭師は見た!~」の再演。新型コロナウイルス感染拡大防止のため海外からの入国制限措置が続いていたため複数の主要キャストの交代を余儀なくされたものの、音楽的にも演劇面でもチーム作りはしっかりと出来ていた印象。

 演劇的な面白さを高めるという野田のコンセプトのもと、物語の舞台を幕末の長崎に読み替えて、日本語と外国語が入り混じって飛び交う空間という設定はなかなかうまいアイディアだと思う。(設定を読み替えた)日本人同士はジングシュピール(歌芝居、「魔笛」はそのカテゴリーに入る)のようにせりふを日本語でやり取りする。一方、伯爵夫妻らが絡む場面では作品本来のイタリア語で歌われ、会話部分はチェンバロなどの伴奏で旋律に乗せて語るレチタティーヴォ(叙唱)形式。なるほど、演劇的な面白みは確かに増す。最初はアリアなどの歌唱部分はすべて原語の方が良いのでは、と思った。それはイタリア語に合わせて割り振られた音符に対して日本語の音が字余りになったり字足らずになったりするからだ。しかし、上演が進むにつれて、歌をすべて原語にしてしまうと野田の読み替え意図の整合性が取れなくなり、面白みがいささか損なわれるのも否めないことが分かってきた。オペラ・ブッファとしての面白みを存分に引き出すのには、こうしたスタイルもありなのだ。庭師・アントニ男(アントニオ、廣川三憲)の日本語による登場人物の心理やその場の状況の説明と合わせてオペラのビギナーでも楽しめるようよく練られたステージであった。

カーテンコールで観客に応えるスザ女役の小林沙羅(前列左から6人目)、演出家の野田、井上ら (C)青柳聡

 井上の音楽作りはピリオド(時代)奏法の要素を取り入れたスタイル。第1ヴァイオリン6、第2も6、ヴィオラ4、チェロ3、コントラバス2という小さな弦楽器編成。ヴィブラートは一切かけず、ティンパニも小ぶりなバロック型と古楽オーケストラのような徹底ぶりである。こうしたスタイルを採用した場合、時に音が硬質でシャープになり過ぎたりもするが、井上と東京交響楽団はピリオド奏法によるシンプルなサウンドの魅力を発揮しつつ、モーツァルト独特の柔らかさや軽妙洒脱(しゃだつ)さも兼ね備えた演奏を聴かせてくれた。古典派作品の演奏スタイルが多様化した21世紀の今、目指すべきモーツァルト演奏のお手本のように筆者には感じられた。東響はユベール・スダーン、そしてジョナサン・ノットらと最先端の演奏スタイルに取り組んできただけに、井上のハイレベルの要求にも十分応えられたのだろうと納得した。

 それにしても最近の井上、乗りに乗っている。昨年10月、NHK交響楽団の定期公演に登場し、グラス作曲の2人のティンパニストと管弦楽のための協奏的幻想曲、ショスタコーヴィチの交響曲第11番を指揮したが、この公演が聴衆の投票によってN響の年間ベスト公演に選ばれた。パーヴォ・ヤルヴィ、ヘルベルト・ブロムシュテット、トゥガン・ソフィエフら実力・人気を兼ね備えた世界的名指揮者たちが指揮した公演を抑えての堂々の1位。N響でこの投票が行われるようになって日本人指揮者の公演が1位に選ばれたのは、初めてのこと。それだけ今の井上が作り出す音楽は聴衆の心を捉えていると言えよう。

 歌手陣では小林沙羅が可愛らしさと賢さを持つスザンナ像を巧みに表現していたことと、当初予定されていたミハウ・スワヴェツキに代わってケルビーノを演じたカウンター・テナーの村松稔之の熱演が印象に残った。他の歌手も歌唱、演技両面で水準を満たしたパフォーマンスを披露してくれた。

 なお、このプロダクションは一部の出演者を入れ替えて北九州芸術劇場(10月18日)、東京芸術劇場(10月30日、11月1日)でも上演される。

公演データ

【モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」~庭師は見た!再演】

9月19日(土)15:00 ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮・総監督:井上道義

演出:野田秀樹

アルマヴィーヴァ伯爵:ヴィタリ・ユシュマノフ

伯爵夫人:ドルニオク綾乃

スザンナ(スザ女):小林沙羅

フィガロ(フィガ郎):大山大輔

ケルビーノ:村松稔之

マルチェリーナ(マルチェ里奈):森山京子

ドン・バルトロ(バルト郎):三戸大久

バジリオ(走り男):黒田大介

クルツィオ(狂っちゃ男):三浦大喜

バルバリーナ(バルバ里奈):コロンえりか

アントニオ(庭師アントニ男):廣川三憲

花娘:藤井玲南、中川郁文

声楽アンサンブル:藤井玲南、中川郁文、増田 弓、新後閑大介、平本英一、東 玄彦

演劇アンサンブル:川原田樹、菊沢将憲、近藤彩香、佐々木富貴子、末冨真由、花島 令、上村 聡、的場祐太

合唱:ザ・オペラ・クワイア

管弦楽:東京交響楽団

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ) 毎日新聞グループホールディングス取締役、番組・映像制作会社である毎日映画社の代表取締役社長を務める傍ら音楽ジャーナリストとして活動。「クラシックナビ」における取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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