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東条碩夫「マエストロたちのあの日、あの時」

アイディア底なしの劇場人、マエストロ若杉弘

1980年、ケルン放送響を指揮する若杉弘 (C) MIN-ON

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 若杉弘さんといえば、新国立劇場オペラ部門芸術監督として意欲的なプログラミング開拓を行なった功績が今なお記憶に新しいが、それ以前にも東京都交響楽団の第3代音楽監督(1986年4月~1995年3月)として、またそれ以前にも読売日本交響楽団の専属指揮者および第3代常任指揮者(1965年4月~1975年3月)として、アイディア抜群のプログラミングを展開し続けていたことでも有名であった。読響時代にはシェーンベルクの「グレの歌」やペンデレツキの「ルカ受難曲」、ベルリオーズの「カルタゴのトロイ人」など大作を日本初演、さらに都響時代にも凝りに凝った選曲を次から次へと披露して、常に大向こうをあっと言わせ続けた人だったのである。

 1966年、N響を指揮したベルリオーズの「ロメオとジュリエット」の終曲では、合唱団をステージの上手側・中央・下手側に分けて配置、対立する両家の合唱を上手側と下手側とで応酬させたあと、両家が和解した瞬間に中央の合唱グループを起立させ、全合唱と全管弦楽とで壮大なフィナーレに盛り上げる——といった「演出」を加えたこともある。彼の発想の豊かさはとどまるところを知らなかった。そして私も、そういうアイディア豊富な人に憧れをいだいていたのだ。

 1967年、二期会がワーグナーの「パルジファル」を日本初演した時のことである。私は当時、FM東海(エフエム東京の前身、東海大学FM放送局)の駆け出しのディレクターとして、会場の東京文化会館へリハーサルの取材に行っていた。初対面だったが、私がFM放送のディレクターだと知った若杉氏が駆け寄って来て、いきなり「実は頼みが」と言い出した。

 「上演で効果音的に使いたいので、クナッパーツブッシュのバイロイト・ライヴのレコードから、第1幕で響く鐘の音を——」とヴォーカル・スコアを拡げ、「ここからここまで録音して、それを繰り返して2~3分間続くように編集したテープを作っていただけませんか?」。それを開演前に流すチャイムにでも使うのかと思ったら、どうやら第1幕のそこの場所の演奏の際に、重々しい鐘の音をテープで響かせ、それにナマのオーケストラの演奏をかぶせていこうという狙いらしかったのだ。

 私は二つ返事で承諾したものの、とはいえ、当時の放送局の手持ち装置では、LPのサーフェイス・ノイズ、テープのヒス・ノイズを完全に除去するのは難しく、しかもそれをホールのスピーカーから大音量で再生すればノイズが目立つことは間違いないので、話を聞いた時から、これはどだい無理だと確信していた。

 だが、そういう突拍子もない手段を思いつく人が私は好きだったし、熱を込めて語り続ける若杉氏の表情が実に魅力的だったし、それに何より私自身もそういう実験をしてみることが好きなタイプだったので、とにかく快諾したのである。そこで、早速スタジオに戻ってそのテープを作り上げ、翌日の会場練習の際に持参した。

 しかし案の定、テストの結果はうまく行かなかった。場内のスピーカーからテープを流すと、やはりヒス・ノイズは出るし、音質も悪いし、だいいち場内にワンワン響いて不明瞭な音になるし、全く使いものにならない。若杉氏と私の最初のコラボは、このようにして、あっけなく挫折したのであった……。

 氏は、根っからの劇場人だった。ある時、こういう話をしてくれたものだ。「僕はね、劇場に入った時から、今日はどの歌手が間違えそうだとか、舞台装置のあそこのドアが外れそうだとか、照明に事故が起こりそうだな、なんてことが、どういうわけか、不思議にカンで判っちゃうんだよ」

筆者プロフィル

 東条 碩夫(とうじょう・ひろお) 早稲田大学卒。1963年FM東海(のちのFM東京)に入社、「TDKオリジナル・コンサート」「新日フィル・コンサート」など同社のクラシック番組の制作を手掛ける。1975年度文化庁芸術祭ラジオ音楽部門大賞受賞番組(武満徹作曲「カトレーン」)制作。現在はフリーの評論家として新聞・雑誌等に寄稿している。著書・共著に「朝比奈隆ベートーヴェンの交響曲を語る」(音楽之友社刊)、「伝説のクラシック・ライヴ」(TOKYO FM出版)他。

ブログ「東条碩夫のコンサート日記 http://concertdiary.blog118.fc2.com」公開中。

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