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記憶に残るベートーヴェンの交響曲ライブ 第1番~第5番

 クラシック音楽や歌舞伎などに関して、会場の収容率を定員の100%に緩和する措置が始まったが、通常のようにコンサートが開催されるまでには、依然としてクリアしなくてはならない問題も多い。そこで今月の当連載では、生誕250年にちなんで、選者の皆さんがこれまで取材・鑑賞したベートーヴェンの交響曲の中で、各曲のベスト演奏、印象に残った公演を紹介していただく。前編の今月は第1番から第5番。経験豊かな選者の思い出に残るベートーヴェンのシンフォニーとは——。

◆東条碩夫(音楽評論家)選◆

◆第1番 ハ長調

ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティーク

(1992年9月27日 サントリーホール)

◆第2番 ニ長調

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(1977年11月14日 普門館)

カラヤンとベルリン・フィル=写真は1977年11月6日、大阪・フェスティバルホールでの公演

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◆第3番 変ホ長調「英雄」

ジョージ・セル指揮 クリーヴランド管弦楽団

(1970年5月26日 東京文化会館)

【次点】ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティーク(1992年9月30日 サントリーホール)

◆第4番 変ロ長調

カルロス・クライバー指揮 バイエルン国立管弦楽団

(1986年5月11日 神奈川県民ホール)

◆第5番 ハ短調「運命」

ロリン・マゼール指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(1994年6月4日 サントリーホール)

【次点】小澤征爾指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団(1974年10月29日 パリ・シャンゼリゼ劇場)

 「セル&クリーヴランド」の演奏は、それまでレコードでイメージされていたような冷徹なものでは全くなく、むしろ温かく柔らかな人間性にあふれたものだった。これは当時、ナマで聴いた人たちみんなが驚倒したことである。それに加え、あのオーケストラ美の極致ともいうべき完全無欠の音の均衡——。彼は日本から帰米してわずか2カ月後に他界してしまったが、その東京での最後の演奏が「英雄」だった。第2楽章の悲劇的な情感のこもった表現も含め、あのような壮大で完璧な、しかも美しい造型の「英雄」の演奏は、もう二度と出現しないのではないか。

 マゼールの「5番」はツィクルスでの演奏だが、第4楽章でティンパニ奏者がトレモロの箇所を分散和音でたたいていたのに肝をつぶし、あとでマゼールにその根拠をたずねると、「(奏者が)毎日同じ演奏をしていちゃつまらないと思って自由にやったんじゃないかな」と、笑いながらの返事がきた。あのマゼールも、時にはオーケストラにそんな自由を認めることもあるのか、と改めて驚愕(きょうがく)した次第。そういう面白い雰囲気の「運命」の演奏だった。

 ガーディナーの指揮は、日本で初めてピリオド楽器の大オーケストラが披露したベートーヴェン。「調和の響き」でなく、「裸の音のぶつかり合い」が実に新鮮で感動的だった思い出がある。カラヤンの普門館公演「2番」はパワフルな面白さ。小澤&新日フィルのシャンゼリゼ公演は、日本のオケとしては信じられぬほどの熱気沸騰の快演。

   *      *      * 

◆柴田克彦(音楽ライター)選◆

◆第1番ハ長調

ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団

(2019年7月 ミューザ川崎シンフォニーホール)

【次点】サイモン・ラトル指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(2001年10月 サントリーホール)

◆第2番ニ長調

マリス・ヤンソンス指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

(2004年11月 サントリーホール)

ヤンソンスとロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団=2013年の来日公演より (C) Aki Takematsu /オランダ王国大使館

◆第3番変ホ長調「英雄」

チョン・ミョンフン指揮 東京フィルハーモニー交響楽団

(2002年6月 東京オペラシティコンサートホール)

◆第4番変ロ長調

久石譲指揮 フューチャー・オーケストラ・クラシックス ※当時はナガノ・チェンバー・オーケストラ

(2017年2月 長野市芸術館)

◆第5番ハ短調「運命」

カール・ベーム指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(1977年3月 NHKホール)

【次点】ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 NHK交響楽団(1992年11月 NHKホール)

 ツィクルスを含めて数限りなく聴いてきたベートーヴェンの交響曲だが、ベストを選ぶとなると実に難しい。ずっと記録をとっていたわけではないし、記憶力は超貧困……。それに重要公演をすべて網羅してもいないので、巡り合わせの要素がえらく大きい。そこで、何はともあれその日の演奏風景が脳裏に浮かぶ公演を挙げていくことにした。

 この中で唯一「文句なしにベスト!」と言えるのが、ヤンソンス&コンセルトヘボウ管の第2番。ふくよかでニュアンス豊かでしかも緻密な、ライブではこれ以上ないほどの名演だった。ノット&東響の第1番は、同曲をメインにした公演でのアグレッシブかつこまやかなパフォーマンスが記憶に新しい。チョン・ミョンフン&東京フィルの第3番は、これまで聴いた中で最もエキサイティングだったツィクルスの初日のメイン曲。今なお熱い感銘がよみがえる。久石譲指揮の第4番は、ドライブ感抜群の快演。これを聴いて、同曲が「英雄」の後に書かれた完成度の高い作品であることを実感した。ベーム&ウィーン・フィルの第5番は、同日の第6番より落ちる気がしなくもないのだが、「運命」のライブというとなぜかこの日の光景が浮かんでしまう(偶像化しているかも……)。

   *     *     *

◆池田卓夫(音楽ジャーナリスト)選◆

◆第1番ハ長調

鈴木秀美指揮 山形交響楽団

(2013年4月12日 山形テルサ)

◆第2番ニ長調

ジョヴァンニ・アントニーニ指揮 読売日本交響楽団

(2018年10月16日 サントリーホール)

◆第3番変ホ長調「英雄」

デヴィッド・シャローン指揮 東京都交響楽団

(1992年4月18日 東京芸術劇場)

1990年からたびたび都響へ客演していたデヴィッド・シャローン

【次点】ジョナサン・ノット指揮(※映像にて出演) 東京交響楽団(2020年7月25日 サントリーホール)

◆第4番変ロ長調

カール・ベーム指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(1975年3月16日 NHKホール)

【次点】ラドミル・エリシュカ指揮 札幌交響楽団(2015年6月19&20日 札幌コンサートホールKitara)

◆第5番ハ短調「運命」

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 ロサンゼルス・フィルハーモニック

(1982年5月16日 神奈川県民ホール)

【次点】アンドレア・バッティストーニ指揮 東京フィルハーモニー交響楽団(2016年10月19日 東京オペラシティコンサートホール)

 ベームとウィーン・フィルの第4番は、私のベートーヴェン体験の原点。日本を長く支配?してきたドイツ音楽崇拝の反映か、国内オーケストラの定期会員になると、別に記念年でなくてもベートーヴェンの交響曲全曲を短期間で〝制覇〟できる。それだけ習熟している半面、長年の慣習が粗雑な演奏を生むリスクも高い。真剣勝負を引き出すにはエリシュカ級の巨匠か、鈴木秀美やアントニーニのようなHIP(歴史的情報に基づく演奏)のスペシャリストを指揮台に招くのが賢い処方箋だろう。「運命」の表題に振り回され、過度に深刻かつ重厚に再現されがちな第5番では、新旧イタリア人指揮者の生命礼賛、太陽の輝き、リズムの躍動に満ちた名演が気に入った。第3番「英雄」では変化球を投げてみた。ノットは新型コロナウイルス感染症対策で来日がかなわず、英国で指揮姿を録画、音楽監督を務める東響の楽員たちが映像と同時進行で渾身(こんしん)の演奏を成立させた稀有(けう)の事例。シャローンは2000年の客演滞在中に喘息(ぜんそく)の発作に見舞われ、日本で客死したイスラエルの指揮者で、都響とは相性が良かった。私のドイツ駐在時代から面識があり「英雄」終演後、晩ご飯をご一緒した。第2楽章「葬送行進曲」のリズムに関し「ウィーンの恩師ハンス・スワロフスキー教授はベートーヴェン時代のオーストリア軍の行進スタイルを自分の身体で示し、たたき込んでくれた」といい、シャローンは新宿の日本料理屋で、実際に行進してみせた。以後、内外オーケストラのどんな名演奏に接しても、あの夜のシャローンの具体的説明を思い描くようになった。

   *      *      *

◆毬沙琳(音楽ジャーナリスト)選◆

◆第1番ハ長調

ニコラウス・アーノンクール指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(2003年8月29日 ザルツブルク音楽祭 祝祭大劇場)

◆第2番ニ長調

ジョヴァンニ・アントニーニ指揮 読売日本交響楽団 

(2018年10月16日 サントリーホール)

【次点】マリス・ヤンソンス指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(2004年11月6日 サントリーホール)

◆第3番変ホ長調「英雄」

ロジャー・ノリントン指揮 NHK交響楽団

(2012年4月14日 NHKホール)

ノリントンとNHK交響楽団=2012年4月、NHKホール 写真提供:NHK交響楽団

【次点】ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 NHK交響楽団(2019年11月6日 サントリーホール)

◆第4番変ロ長調

フランツ・ウェルザー=メスト指揮 クリーヴランド管弦楽団

(2018年6月3日 サントリーホール)

◆第5番ハ短調「運命」

スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮 読売日本交響楽団

(2012年3月12日 東京オペラシティコンサートホール)

 今回は当然ながらベートーヴェン交響曲の人気に比例し、作品によって鑑賞回数に偏りもあるため、それぞれ記憶に強く残っているものを挙げさせていただいた。

 第1番のアーノンクール指揮、ウィーン・フィルはザルツブルク音楽祭ということもあり、きら星のごとき演奏会の中で、美しさの極地に触れた忘れられないものとなった。

 第2番のアントニーニ指揮、読響は鳥の羽ばたきを思わせるタクトから生まれる疾走感が、当時のベートーヴェンの意気込みのように伝わり、読響も全く新しい響きを聴かせてくれた。ヤンソンスはコンセルトヘボウを率いた初来日で、新しい時代の幕開けを知らしめた演奏会となり、ここから幾度となく来日公演を聞き続けることになった。

 第3番で挙げたノリントン指揮、N響はコントラバス8本、管楽器も倍増とオーケストラを最大編成に変え、現代の大ホールで聴く「英雄」にこだわったもの。神々しいまでの哀しみをたたえた葬送行進曲からワーグナーの楽劇のようなスケルツォ、感情の起伏をいとわない英雄像は、ここでしか聴けないものだった。

 ウェルザー=メストはツィクルス(1、3、9番以外)で聴き、その探究心を見事に音楽に昇華させプロジェクトとしての強さを印象付けた。

 昨年聴いたブロムシュテットの演奏は、15年前にゲヴァントハウス管との来日で聴いた時より新たな発見をもたらしてくれた。スクロヴァチェフスキにも共通して言えることだが、来日の度に聴き手を驚かせる、挑戦的な演奏を聴かせてくれる彼らに90歳という年齢の壁はない。常に今の自分を超えようと進化し続ける姿が、感動だけでなく希望をも与えてくれるのだ。

   *     *     *

◆宮嶋 極(音楽ジャーナリスト)選◆

◆第1番ハ長調

ロジャー・ノリントン指揮 NHK交響楽団

(2011年4月16日 NHKホール)

◆第2番ニ長調

ラトル&ウィーン・フィルのチラシとプログラム

サイモン・ラトル指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(2001年10月20日 サントリーホール)

【次点】ヘルベルト・プロムシュテット指揮 NHK交響楽団(2015年9月26日 NHKホール)

◆第3番変ホ長調「英雄」

ペーター・シュヴァルツ指揮 札幌交響楽団

(1975年6月2日 北海道厚生年金会館大ホール)

シュヴァルツと札幌交響楽団。壮行公演後、1975年6月7日にポートランド市で同内容の公演を行った 札幌交響楽団提供

【次点】ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1981年10月28日 東京文化会館)

◆第4番変ロ長調

小澤征爾指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(1986年10月28日 サントリーホール)

◆第5番ハ短調「運命」

ギュンター・ヴァント指揮 NHK交響楽団

(1982年4月2日 NHKホール)

【次点】サイモン・ラトル指揮 バーミンガム市交響楽団(1998年6月3日 東京オペラシティコンサートホール)

 ノリントンの第1番はN響が初めて挑んだピリオド奏法の要素を取り入れたツィクルスだったことに加えて東日本大震災発生後初の定期ということで印象深い公演となった。エルガーの「弦楽のためのエレジー」(犠牲者への追悼曲)に続いて演奏された第1番の鮮烈な響きが忘れられない。

 第2番は伝統を大切にするウィーン・フィルがラトルを指揮者に選び、ピリオドの要素を取り入れ、新校訂版を採用したベートーヴェン・ツィクルスを敢行したことに時代の変化を感じた。その14年後のブロムシュテット&N響は現代オケによる古楽の要素を取り入れる際のお手本のような秀演。日本におけるこうしたスタイルの定着を示す公演であった。

 第3番のシュヴァルツ&札響は同オケ初の海外ツアーの壮行公演のメイン。独米2国を回わるツアーは当時の札響の実力から無謀と言われたりもした。出発4日前の公演は演奏者だけでなく聴衆も熱いものを共有して一緒に音楽を作り上げるような雰囲気に包まれた。このツアー成功を契機に札響は日本の主要オケへと飛躍の道を歩み始める。

 第4番の小澤はサントリーホールの開場記念公演。急病で来日できなくなったカラヤンの代役だったが、ベルリン・フィルの東京公演を日本人が指揮することに深い感慨を覚えた。

 ヴァントの第5番は大きな岩を連想させるような重く硬質な響きと、キビキビした音楽運びで、普段のN響で聴きなれたサヴァリッシュらドイツ系指揮者とは異質のベートーヴェン像が力強いタッチで描きだされたことにとても驚かされた。

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