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2021年1月、新国立劇場のプッチーニ「トスカ」で来日予定のフランチェスコ・メーリ

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スカラ座が「ヴェルディならメーリ」と推す

ベルカントで培った高貴な歌唱

 新型コロナウイルスの影響で閉鎖されていたミラノのスカラ座が、2020年秋シーズンのプログラムを新たに組んで開場するに当たり、このウイルスの犠牲者にささげられたヴェルディ「レクイエム」のテノールのパートを託したのも、「アイーダ」のラダメス役に選んだのも、ともにメーリだった。イタリア・オペラの殿堂が、いまヴェルディを歌うべきテノールはメーリだと太鼓判を押したにふさわしい。

 メーリの歌を初めて聴いたのは2005年8月、ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)におけるオペラ・セリア「ビアンカとファッリエーロ」だった。ヒロインの父親である車いすの老人が、万全のテクニックに支えられた老成した歌を聴かせる。だれだと思ったら、25歳の若者だというので仰天したものだ。ロッシーニが要求する至難のアジリタが自在で、跳躍しては下降する音階を正確に駆け抜け、若い歌手にありがちな上滑りがない。強烈な印象を植えつけられた。

 ROFにはその翌年が「トルヴァルドとドルリスカ」のトルヴァルド、08年が「マホメット2世」のパオロ・エリッソと出演し、後者はこの年の秋に行われたROF日本公演でも歌った。高難度の装飾歌唱を十全にこなしながらの地に足のついた歌には、いつも感心させられ、同年1月にスカラ座のドニゼッティ「マリア・ストゥアルダ」で、マリエッラ・デヴィーアを相手に歌った気品あるレスター伯も忘れられない。ベルカント歌手としての将来を期待したが、インタビューした際の返答は意外だった。今後歌いたいのは「シモン・ボッカネグラ」に「エルナーニ」に「仮面舞踏会」。ヴェルディのオペラばかりで、2009年に東京で行われたリサイタルのプログラムにも、得意のベルカントの楽曲はなかったのである。間もなくメーリは「ベルカントのレパートリーはもう歌わない」と宣言した。

 賢い歌手だから計算づくだったのだろう。元来、ヴェルディやプッチーニが歌いたかったが、それらを流麗な発声、品位あるフレージングで、柔軟に歌うためには、どのように声を作るべきか。それを考えたうえで、ベルカントのレパートリーを習得したのではないか。事実、アジリタの走句(パッセージ)を敏捷(びんしょう)に駆け抜けて歌う機会はなくなったが、多くのヴェルディ歌いに望めないたしかな様式感、高貴な歌のたたずまいは、しっかり維持されている。たとえば2018年4月、トリノで聴いたヴェルディ「第一次十字軍のロンバルディア人」のオロンテ役では、ヴェルディの求めに忠実にメッザヴォーチェやソットヴォーチェを巧みに織り交ぜつつ、感情を格調高く表出していた。

 強いて言うなら、レパートリーがドラマティックな役に集中してから、少し声に余裕が失われ、レガートの旋律のなめらかさが若干損なわれている。無理をせず、声を自然に成熟させてほしいが、いまこそ聴きたい歌手の一人。2021年1月、新国立劇場のプッチーニ「トスカ」のために、予定通り来日することを心から願う。

筆者プロフィル

 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家、オペラ評論家。イタリア・オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や公演プログラム、研究紀要、CDのライナーノーツなどに原稿を執筆。声の正確な分析と解説に定評がある。著書に「イタリアを旅する会話」(三修社)、共著に「イタリア文化事典」(丸善出版)。新刊「イタリア・オペラを疑え!」がアルテスパブリッシングより好評発売中。La valse by ぶらあぼに「いま聴いておきたい歌手たち」、ファッション・カルチャー誌「GQ japan」web版に「オペラは男と女の教科書だ」を連載中。

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