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オーケストラのススメ

~49~ 「管弦楽のための協奏曲」をめぐって

読響の常任指揮者、桂冠名誉指揮者として度々来日したスクロヴァチェフスキもオーケストラのための協奏曲を書いている (C)読売日本交響楽団

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山田治生

 前回はさまざまな編成の交響曲を取り上げたが、今回は「協奏曲」について述べてみたい。

 イタリア語の「コンチェルトconcerto」には、「協奏曲」と「演奏会」のどちらの意味もある。ドイツ語の「コンツェルトKonzert」も同様である。英語では、「concerto(=協奏曲)」と「concert(=演奏会)」とは別。英語になって二つの言葉に分けられたのであろう。

 「協奏曲」とは、一般的に、独奏楽器とオーケストラのための音楽を指す。ただし、バロック時代には、独奏楽器群とオーケストラによる合奏協奏曲(コンチェルト・グロッソ)も数多く書かれていた。

 「管弦楽のための協奏曲」(「オーケストラのための協奏曲」)は、独奏楽器とオーケストラための音楽ではなく、オーケストラ全体をソリストとした音楽である。ゆえにジャンル的には、「協奏曲」ではなく、「管弦楽曲」に分類される。新古典主義が主張されるようになった20世紀になってから使われた名称であり、バロック時代の合奏協奏曲の精神を引き継いでいるといえる。

 史上初めて「管弦楽のための協奏曲」の題名を使用したのはヒンデミットだといわれている。ヴァイオリン、オーボエ、ファゴットなどのソロ楽器が活躍するその合奏協奏曲的な作品は、彼の新古典主義、あるいは、新即物主義の時代の1925年に書かれた。そして、アメリカではピストンが1933年に、イタリアではカゼッラが1937年に「管弦楽のための協奏曲」を作曲した。

 バルトークと同じハンガリー出身のコダーイは、バルトークよりも早く、1940年に「オーケストラのための協奏曲」を書き上げた。このシカゴ交響楽団創立50周年を記念する作品にはハンガリーの民族色が感じられる。

 最も有名な「管弦楽のための協奏曲」であるバルトークのそれは、1944年、ボストン交響楽団によって初演された。バルトークは初演時の楽曲解説で、「管弦楽のための協奏曲」という題名について「ある楽器、またはある楽器のパート全体を、協奏曲風に、あるいはソロイスティックに扱う傾向からきている」と書いている。イタリア語で書かれた各楽章のタイトルにもバロック時代の合奏協奏曲への意識が感じられる。しかし、ヒンデミットやコダーイの「管弦楽のための協奏曲」のような、弦楽器の華麗な独奏があるわけではない。あくまで、オーケストラとしてのヴィルトゥオジティ(名人芸)を追求した作品である。バルトークがこの管弦楽曲を「交響曲」と題していたらどうなっていただろうと想像する。

 第二次世界大戦後に作られた「オーケストラのための協奏曲」の中で最も頻繁に演奏されているのは、ポーランドのルトスワフスキによるものに違いない。1954年初演。ポーランド出身ではスクロヴァチェフスキも「オーケストラのための協奏曲」(1986)を書いている。アダージョ楽章には「アントン・ブルックナーの昇天」というタイトルが付く。日本では、三善晃の「管弦楽のための協奏曲」が代表的。三つの楽章からなる10分ほどの意欲的な創作である。

筆者プロフィル

 山田 治生(やまだ はるお) 音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝であ

る「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。

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