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「新芸」とその時代

  • (60)王者の落日

     「クラシック音楽〝呼び屋〟の最大手『新芸術家協会』ピンチ」。毎日新聞の記事によれば、7月31日に約200万円の不渡り手形を出し、経営危機が表面化。西岡芳和社長…

  • (59)ムラヴィンスキー来日せず

    直前のキャンセル  1981年5月、カール・リヒター急逝で「主役のいない」ミュンヘン・バッハ合唱団・同管弦楽団の地方公演に同行していた新芸術家協会の児玉真(現・…

  • (58)果たされなかった巨匠の来日

    「バッハの伝道師」リヒターの招請  1981年5月7~21日、新芸術家協会(西岡芳和社長)の招請でカール・リヒター率いるミュンヘン・バッハ合唱団、同管弦楽団の1…

  • (57)「一流主義」を貫いて

     ソ連のバレエ団招請で足元をすくわれた形の新芸術家協会であったが、1980~81年に手がけた外来アーティストの主な顔ぶれを見ると、最期まで王道を行く音楽事務所で…

  • (56)1980年ーー波乱の幕開け

    トラブル相次ぐボリショイ・バレエ  新芸術家協会が招請した1980年1~2月のボリショイ・バレエ(モスクワ)来日公演は、前回紹介したような亡命事件はあったものの…

  • (55)米ソ冷戦下のソ連三大バレエ招請

    バレエ界に与えたインパクト  地方の一音楽マネジャーであった西岡芳和が1950年代に東京で創業し、60~70年代に日本を代表する音楽事務所として抜群の存在感を示…

  • (54)4回だけの音楽祭開催

    財団の設立  1978年から81年に行われた「東京音楽芸術祭」の存在を記憶している人は、今どのくらいいるだろうか。主催は「日本音楽芸術振興会」。 77年4月に認…

  • (53)新芸と日本の音楽家Ⅳ 大橋国一

    ヨーロッパの第一線で活躍  ドン・ジョバンニ、フィガロ、ザラストロ、エスカミリオなどの役を得意とし、1960~70年代前半の日本のオペラ界を牽引(けんいん)した…

  • (52)新芸と日本の音楽家Ⅲ 海野義雄

    岩城宏之と新芸専属に  「世界の海野」と呼ばれ、国際的に活躍したヴァイオリニスト、海野義雄(82)は、新芸術家協会(新芸)草創期から所属したアーティストの一人で…

  • (51)新芸と日本の音楽家Ⅱ 賀集裕子

    難関の国際コンクールで快挙  1956年6月2日、ベルギーの首都ブリュッセルで行われたエリザベート王妃国際音楽コンクールの本選会最終日に日本人の女性ピアニストが…

  • (50)新芸と日本の音楽家Ⅰ 柳川守

    才能を見いだされて 「君は4、5年もたてばホロヴィッツのようなピアニストになるに違いない」  1950年10月に来日したフランスのピアニストでパリ国立高等音楽院…

  • (49)幻のホロヴィッツ来日公演

     「クラシック音楽界の超大物 ホロヴィッツの来日確実」。こんな特ダネ記事が読売新聞に載ったのは1975年7月4日のことだった。世界の大物音楽家が続々と日本を訪れ…

  • (48)シュヴァルツコップをめぐる「事件」

    初来日までの長い道のり  今から半世紀前の1968年4月5日、東京文化会館は開演を待つ音楽ファンの静かな熱気に包まれていた。午後7時、20世紀を代表するソプラノ…

  • (47)ソ連の仕事Ⅹ もう一人のキーマン

    土方与平との関わり 1970年の大阪万博の時期を中心に新芸術家協会(新芸)とソ連の仕事を見てきたが、最後に新芸創業者、西岡芳和が学生時代から交流のあった、もう一…

  • (46)ソ連の仕事Ⅸ 知られざる功労者

    北朝鮮からの亡命者 新芸術家協会(新芸)がソ連に食い込み、リヒテルやムラヴィンスキーなど大物音楽家の招請を実現させた背後には、ソ連在住の一人の朝鮮人の協力があっ…

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