東日本大震災5年

大規模かさ上げの「光と影」 様変わりする被災地の街並み

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  • 被災地で最大級のかさ上げ工事が進む陸前高田市の旧市街地。土砂で地盤を7~10メートル上げる。大型商業施設などが出店して商店街を再生する計画が進む=2016年2月19日、本社ヘリから喜屋武真之介撮影
    被災地で最大級のかさ上げ工事が進む陸前高田市の旧市街地。土砂で地盤を7~10メートル上げる。大型商業施設などが出店して商店街を再生する計画が進む=2016年2月19日、本社ヘリから喜屋武真之介撮影 記事本文を読む
  • 津波で壊滅し陸前高田市の旧市街地=2011年3月12日、本社機から貝塚太一撮影
    津波で壊滅し陸前高田市の旧市街地=2011年3月12日、本社機から貝塚太一撮影 記事本文を読む
  • 13年7月によみがえった「奇跡の一本松」。幹に防腐・防虫処理が施された上、特殊樹脂製の枝葉が取り付けられた=2016年2月16日、竹内幹撮影
    13年7月によみがえった「奇跡の一本松」。幹に防腐・防虫処理が施された上、特殊樹脂製の枝葉が取り付けられた=2016年2月16日、竹内幹撮影 記事本文を読む
  • 高田松原で唯一生き残った松だったが、海水による塩害で12年5月に枯死した=2011年3月31日、矢頭智剛撮影
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  • 民宿屋上に乗り上げた観光船「はまゆり」は、倒壊の危険があったため2011年5月に撤去された。現在は土台となった建物だけが残る=2016年2月22日、佐々木順一撮影
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  • 大槌町の造船所で検査中に津波に巻き込まれ、民宿に乗り上げた=2011年3月23日、西本勝撮影
    大槌町の造船所で検査中に津波に巻き込まれ、民宿に乗り上げた=2011年3月23日、西本勝撮影 記事本文を読む
  • 宮城県名取市閖上の住宅地の跡地には更地が広がる=2016年2月19日、本社ヘリから喜屋武真之介撮影
    宮城県名取市閖上の住宅地の跡地には更地が広がる=2016年2月19日、本社ヘリから喜屋武真之介撮影 記事本文を読む
  • 津波に流され、火災が発生した住宅街=宮城県名取市の閖上で2011年3月11日、本社ヘリから手塚耕一郎撮影
    津波に流され、火災が発生した住宅街=宮城県名取市の閖上で2011年3月11日、本社ヘリから手塚耕一郎撮影 記事本文を読む
  • 津波に襲われた名取市北釜地区は災害危険区域に指定され、住宅はなくなった=2016年2月19日、本社ヘリから喜屋武真之介撮影
    津波に襲われた名取市北釜地区は災害危険区域に指定され、住宅はなくなった=2016年2月19日、本社ヘリから喜屋武真之介撮影 記事本文を読む
  • 防風林を越えて押し寄せる津波にのみ込まれる住宅=2011年3月11日午後3時55分、本社ヘリから手塚耕一郎撮影
    防風林を越えて押し寄せる津波にのみ込まれる住宅=2011年3月11日午後3時55分、本社ヘリから手塚耕一郎撮影 記事本文を読む
  • 名取市(手前)から岩沼市(奥)にかけて津波に襲われた仙台平野。右は仙台空港=2016年2月19日、本社へリから喜屋武真之介撮影
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  • 仙台平野を津波が一機にさかのぼっていった=2011年3月11日午後3時56分、本社ヘリから手塚耕一郎撮影
    仙台平野を津波が一機にさかのぼっていった=2011年3月11日午後3時56分、本社ヘリから手塚耕一郎撮影 記事本文を読む
  • 震災遺構として保存も検討されていた漁船「第18共徳丸」だったが、住民アンケートでは約7割が「保存の必要はない」と回答。船の所有者も解体を望み、2013年10月に撤去された。JR大船渡線の不通区間は、バス高速輸送システム(BRT)で復旧し、2013年3月から運行が始まった=宮城県気仙沼市鹿折地区で2016年2月29日、小川昌宏撮影
    震災遺構として保存も検討されていた漁船「第18共徳丸」だったが、住民アンケートでは約7割が「保存の必要はない」と回答。船の所有者も解体を望み、2013年10月に撤去された。JR大船渡線の不通区間は、バス高速輸送システム(BRT)で復旧し、2013年3月から運行が始まった=宮城県気仙沼市鹿折地区で2016年2月29日、小川昌宏撮影 記事本文を読む
  • 第18共徳丸は内陸へ約800メートル流された=2011年3月26日、梅村直承撮影
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  • 全町避難が続く双葉町の原発PR看板は、事故から5年を前に今月4日に撤去された。立ち入りが制限される帰還困難区域にあり、町によると「管理が行き届かず、老朽化で部品落下の恐れがある」ためという。看板は震災遺構として、復元可能な状態で保存されている=2016年3月4日、佐々木順一撮影
    全町避難が続く双葉町の原発PR看板は、事故から5年を前に今月4日に撤去された。立ち入りが制限される帰還困難区域にあり、町によると「管理が行き届かず、老朽化で部品落下の恐れがある」ためという。看板は震災遺構として、復元可能な状態で保存されている=2016年3月4日、佐々木順一撮影 記事本文を読む
  • 原発との共生を目指し1988年に設置された看板=2012年3月2日、岩下幸一撮影
    原発との共生を目指し1988年に設置された看板=2012年3月2日、岩下幸一撮影 記事本文を読む
  • 地盤をかさ上げし、約200m内陸に移設されたJR女川駅(左下)。駅前には遊歩道が海に向かって延び、両側には商業施設が並ぶ。昨年末に開業した=2016年2月19日、本社へリから喜屋武真之介撮影
    地盤をかさ上げし、約200m内陸に移設されたJR女川駅(左下)。駅前には遊歩道が海に向かって延び、両側には商業施設が並ぶ。昨年末に開業した=2016年2月19日、本社へリから喜屋武真之介撮影 記事本文を読む
  • 津波で街が流された旧JR女川駅(右)周辺=宮城県女川町で2011年3月19日、本社ヘリから塩入正夫撮影
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  • かさ上げ工事が進み、盛り土に取り囲まれた南三陸町防災対策庁舎。保存か取り壊しか意見が割れたが、宮城県が2031年3月まで維持管理することになった=宮城県南三陸町で2016年2月22日、竹内幹撮影
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  • 鉄筋の骨組みとがれきだけが残る防災対策庁舎。津波は屋上まで押し寄せた=宮城県南三陸町で2011年3月28日、大島英吾撮影
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