福井地震70年

「不死鳥の街」の原点

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  • 福井市のシンボルだった鉄筋コンクリート造り7階建ての大和百貨店を西側から望む。地震で南側に傾き、内部も焼失した=福井市佐佳枝上町(現福井市中央1)で1948年6月撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館)
    福井市のシンボルだった鉄筋コンクリート造り7階建ての大和百貨店を西側から望む。地震で南側に傾き、内部も焼失した=福井市佐佳枝上町(現福井市中央1)で1948年6月撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館) 記事本文を読む
  • 激しい揺れで大和百貨店(正面)も南側に傾いた。大名町交差点から南東を望む。左隣に見えるのは現在も当時の外観を残す福井信託(現三井住友信託銀行福井支店)。鉄筋コンクリート造り7階建ての大和百貨店は1945年7月の福井空襲でも焼け残り、福井市のシンボルとされた建物だった=福井市佐佳枝上町(現福井市中央1)で1948年6月撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館)
    激しい揺れで大和百貨店(正面)も南側に傾いた。大名町交差点から南東を望む。左隣に見えるのは現在も当時の外観を残す福井信託(現三井住友信託銀行福井支店)。鉄筋コンクリート造り7階建ての大和百貨店は1945年7月の福井空襲でも焼け残り、福井市のシンボルとされた建物だった=福井市佐佳枝上町(現福井市中央1)で1948年6月撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館) 記事本文を読む
  • 地震発生直後に大和百貨店が傾く様子を振り返る宇野憲治さん。背後には大和百貨店跡に建った北陸銀行福井支店(右)、被災当時の外観を残す三井住友信託銀行福井支店が見える=福井市中央1で2018年6月12日、山田尚弘撮影
    地震発生直後に大和百貨店が傾く様子を振り返る宇野憲治さん。背後には大和百貨店跡に建った北陸銀行福井支店(右)、被災当時の外観を残す三井住友信託銀行福井支店が見える=福井市中央1で2018年6月12日、山田尚弘撮影 記事本文を読む
  • 被災後にバラック建て住宅が建ち始めた福井駅南側の福井市日ノ出元町(現福井市中央1付近)で、ドラム缶風呂に入る子どもたち=1948年7月3日撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館)
    被災後にバラック建て住宅が建ち始めた福井駅南側の福井市日ノ出元町(現福井市中央1付近)で、ドラム缶風呂に入る子どもたち=1948年7月3日撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館) 記事本文を読む
  • 被災後にバラック建て住宅が建ち始めた福井駅南側の福井市日ノ出元町(現福井市中央1付近)で遊ぶ子どもたち=1948年7月3日撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館)
    被災後にバラック建て住宅が建ち始めた福井駅南側の福井市日ノ出元町(現福井市中央1付近)で遊ぶ子どもたち=1948年7月3日撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館) 記事本文を読む
  • JR福井駅南側から西に伸びる通りには店舗が建ち並ぶ。福井地震では発生直後の火災で界わいが焦土と化した=福井市中央1で2018年6月11日、山田尚弘撮影
    JR福井駅南側から西に伸びる通りには店舗が建ち並ぶ。福井地震では発生直後の火災で界わいが焦土と化した=福井市中央1で2018年6月11日、山田尚弘撮影 記事本文を読む
  • 地震後の火災で焼け野原になった福井市中心街で洗濯をする被災者。福井市佐佳枝上町(現福井市中央1)から西を望む。左奥から電話局、松竹座、大和百貨店、福井信託などの建物が見える=1948年6月撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館)
    地震後の火災で焼け野原になった福井市中心街で洗濯をする被災者。福井市佐佳枝上町(現福井市中央1)から西を望む。左奥から電話局、松竹座、大和百貨店、福井信託などの建物が見える=1948年6月撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館) 記事本文を読む
  • 週末には若者でにぎわう西武福井店(福井市中央1)付近。福井地震の当時は映画館や百貨店があった=福井市中央1で2018年6月12日、山田尚弘撮影
    週末には若者でにぎわう西武福井店(福井市中央1)付近。福井地震の当時は映画館や百貨店があった=福井市中央1で2018年6月12日、山田尚弘撮影 記事本文を読む
  • 軌道上で火災に遭った福井鉄道の路面電車。福井市佐佳枝上町(現福井市中央1)から西を望む。手前左は松竹座。右奥の傾いた建物は大和百貨店で、その手前に福井信託が見える=1948年6月撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館)
    軌道上で火災に遭った福井鉄道の路面電車。福井市佐佳枝上町(現福井市中央1)から西を望む。手前左は松竹座。右奥の傾いた建物は大和百貨店で、その手前に福井信託が見える=1948年6月撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館) 記事本文を読む
  • JR福井駅前の近くを走る福井鉄道の路面電車。福井地震の発生直後に起きた火災で、この付近に焼損した車両があった=福井市中央1で2018年6月11日、山田尚弘撮影
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  • 被災後火災に見舞われた現在の福井市佐佳枝下町(現福井市順化1)付近から南を望む。手前のバラック建て住宅の左には織物会館、その奥には大和百貨店が見える。左手前から中央奥に伸びるのは大名町通り(現フェニックス通り)=1948年7月1日撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館)
    被災後火災に見舞われた現在の福井市佐佳枝下町(現福井市順化1)付近から南を望む。手前のバラック建て住宅の左には織物会館、その奥には大和百貨店が見える。左手前から中央奥に伸びるのは大名町通り(現フェニックス通り)=1948年7月1日撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館) 記事本文を読む
  • 福井市のシンボルとされた大和百貨店は福井地震で南側に傾斜し、その跡地には北陸銀行福井支店が建った=福井市中央3で2018年6月11日、山田尚弘撮影
    福井市のシンボルとされた大和百貨店は福井地震で南側に傾斜し、その跡地には北陸銀行福井支店が建った=福井市中央3で2018年6月11日、山田尚弘撮影 記事本文を読む
  • 福井県庁のある福井城跡南側堀端から西を望む。大きな揺れで道路には地割れが走り、木造家屋はほとんどが倒壊した。左奥は福井市役所、正面に見えるのは福井警察署=福井市御屋形町(現福井市大手3)で1948年撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館)
    福井県庁のある福井城跡南側堀端から西を望む。大きな揺れで道路には地割れが走り、木造家屋はほとんどが倒壊した。左奥は福井市役所、正面に見えるのは福井警察署=福井市御屋形町(現福井市大手3)で1948年撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館) 記事本文を読む
  • 福井城跡南側の堀端。福井地震で地割れの走った道路には桜が植えられた=福井市大手2で2018年6月11日、山田尚弘撮影
    福井城跡南側の堀端。福井地震で地割れの走った道路には桜が植えられた=福井市大手2で2018年6月11日、山田尚弘撮影 記事本文を読む
  • 強い揺れと火災で壊滅状態となった福井市中心部。福井市役所屋上から南を望む。左から松竹座、電話局、福井信託、大和百貨店、織物組合、福井税務署、福井銀行。右奥に見える山影は足羽山=福井市御屋形町(現福井市大手3)で1948年6月撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館) ※3枚つなぎ写真
    強い揺れと火災で壊滅状態となった福井市中心部。福井市役所屋上から南を望む。左から松竹座、電話局、福井信託、大和百貨店、織物組合、福井税務署、福井銀行。右奥に見える山影は足羽山=福井市御屋形町(現福井市大手3)で1948年6月撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館) ※3枚つなぎ写真 記事本文を読む
  • 大名町交差点(右手前)付近から南側を望む。福井地震で南側に傾斜した大和百貨店の跡地には北陸銀行福井支店(正面)が建った。左隣の三井住友信託銀行福井支店は、福井信託だった被災当時の外観を残す。右奥に見えるのは足羽山=福井市大手3で2018年6月12日、山田尚弘撮影
    大名町交差点(右手前)付近から南側を望む。福井地震で南側に傾斜した大和百貨店の跡地には北陸銀行福井支店(正面)が建った。左隣の三井住友信託銀行福井支店は、福井信託だった被災当時の外観を残す。右奥に見えるのは足羽山=福井市大手3で2018年6月12日、山田尚弘撮影 記事本文を読む
  • 被災前は繁華街だった焼け跡で生活する一家。福井市佐佳枝中町(現福井市順化1)付近から南を望む。左奥は化学繊維を取り扱う人絹会館=1948年6月撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館)
    被災前は繁華街だった焼け跡で生活する一家。福井市佐佳枝中町(現福井市順化1)付近から南を望む。左奥は化学繊維を取り扱う人絹会館=1948年6月撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館) 記事本文を読む
  • 福井県庁の西側には福井市内随一の飲食店街が広がる。福井地震の当時はこの南側に化学繊維を取り扱う人絹会館があった=福井市順化1で2018年6月11日、山田尚弘撮影
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  • 真宗大谷派福井別院本瑞寺(現福井市花月1)付近から南東を望む。左に伸びるのは放送局前通り(現さくら通り)、手前から右に伸びるのは呉服町商店街か。ちょうちんには左から「観世音菩薩」「五幾茂呉服店」「仙桃庵」「ねこせや洋傘店」「境新呉服店」と見える。正面から右に福井市役所、大和百貨店など焼け残った建物の影が見える=1948年6月撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館)
    真宗大谷派福井別院本瑞寺(現福井市花月1)付近から南東を望む。左に伸びるのは放送局前通り(現さくら通り)、手前から右に伸びるのは呉服町商店街か。ちょうちんには左から「観世音菩薩」「五幾茂呉服店」「仙桃庵」「ねこせや洋傘店」「境新呉服店」と見える。正面から右に福井市役所、大和百貨店など焼け残った建物の影が見える=1948年6月撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館) 記事本文を読む
  • 真宗大谷派福井別院本瑞寺(福井市花月1)付近のさくら通り(旧放送局前通り)。右手の呉服町商店街は呉服店や洋菓子店が並ぶ=福井市春山2で2018年6月11日、山田尚弘撮影
    真宗大谷派福井別院本瑞寺(福井市花月1)付近のさくら通り(旧放送局前通り)。右手の呉服町商店街は呉服店や洋菓子店が並ぶ=福井市春山2で2018年6月11日、山田尚弘撮影 記事本文を読む
  • 被災後火災に見舞われた福井市内でバラック建て住宅を築く市民ら。福井市佐久良上町(現福井市順化2)付近から東を望む。中央奥に見えるのは福井市役所=1948年7月1日撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館)
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  • 福井市の繁華街にある公園で遊ぶ子どもたち。福井地震では激しい揺れと発生直後に起きた火災で周辺が廃虚と化した=福井市順化2で2018年6月11日、山田尚弘撮影
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  • 大きな揺れで福井鉄道の軌道は継ぎ目から盛り上がった。足羽川に架かる幸橋南岸付近の福井市毛矢町(現福井市毛矢2)から北東を望む。左奥に幸橋の欄干、中央に大和百貨店、電話局などの影が見える=1948年6月撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館)
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  • 足羽川南岸のフェニックス通りを福井鉄道の路面電車が走る。福井地震の当時は激しい揺れで軌道がゆがんだ=福井市毛矢2で2018年6月11日、山田尚弘撮影
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  • 国鉄福井操車場にも大きな揺れが襲った。転覆している機関車は手前がD51776、奥がD51450。北陸線は、福井操車場から牛の谷(現福井県あわら市)までの約30キロに大きな被害が出た=福井市月見町(現福井市月見1)で1948年7月撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館)
    国鉄福井操車場にも大きな揺れが襲った。転覆している機関車は手前がD51776、奥がD51450。北陸線は、福井操車場から牛の谷(現福井県あわら市)までの約30キロに大きな被害が出た=福井市月見町(現福井市月見1)で1948年7月撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館) 記事本文を読む
  • JR貨物南福井駅付近を走る北陸線の特急。福井地震の当時、近くにあった国鉄福井操車場は、大きな揺れに機関車が転覆した=福井市大町で2018年6月11日、山田尚弘撮影
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  • 雨による増水や洪水に備え、九頭竜川に架かる舟橋では復旧作業を急ぐ市民らの姿が見られた。南岸の福井県中藤島村(現福井市舟橋町)から北岸の福井県森田町(現福井市稲多元町)方面を望む。1950年には鉄骨橋「九頭竜橋」が架設された=1948年7月2日撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館)
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  • 九頭竜川に架かる舟橋は福井地震で崩壊し、1950年には鉄骨橋の九頭竜橋が架設された=福井市舟橋町で2018年6月11日、山田尚弘撮影
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  • 倒壊した福井県長畝(のうね)村の村立長畝小学校(現坂井市立長畝小)。南側にある九頭竜川の橋が落ちて交通が途絶えたため福井県災害対策本部丸岡出張所が設置され、救援物資は同校に集約された。後方に見えるのは救援物資を積んだトラック=1948年6月撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館)
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  • 鉄筋コンクリート造りの福井県坂井市立長畝小学校。福井地震の当時は木造校舎が倒壊した=福井県坂井市丸岡町松川2で2018年6月11日、山田尚弘撮影
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  • 福井地震で焼けた路面電車は洗濯物の干し場になった。後に震災電車と呼ばれた車両とみられる=福井市で1948年7月初旬撮影
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  • 福井地震に遭いながらなお、1997年まで現役で走り続けた「震災電車」=福井市下馬3の下馬中央公園で2018年6月8日、大森治幸撮影
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  • 福井市中心部
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  • 福井県庁前西広場に設けられた応急救護所には、多くの重軽傷者が運び込まれた=1948年6月撮影
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  • 罹災証明書の交付を求め福井市役所に詰め掛けた市民=1948年6月撮影
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  • 地割れした河川敷にも多くの市民が避難した=福井市・幸橋際の足羽川河川敷で1948年6月撮影
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  • 福井県庁前の堀端に生じた大亀裂=福井市の御本城橋付近で1948年6月撮影
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