聖火が走ったまち

1964と2020の現地を比較

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  • 3万人を超える市民が見守る中、聖火台にともされる聖火=那覇市の奥武山陸上競技場で1964年9月7日、鈴木久俊撮影
    3万人を超える市民が見守る中、聖火台にともされる聖火=那覇市の奥武山陸上競技場で1964年9月7日、鈴木久俊撮影
  • 聖火台やメインスタンドが撤去され、景観が一変した陸上競技場=那覇市で2019年9月23日、森園道子撮影
    聖火台やメインスタンドが撤去され、景観が一変した陸上競技場=那覇市で2019年9月23日、森園道子撮影
  • 摩文仁の丘を背に走る聖火ランナーの金城安秀さん=沖縄県糸満市で1964年9月8日、橋本紀一撮影
    摩文仁の丘を背に走る聖火ランナーの金城安秀さん=沖縄県糸満市で1964年9月8日、橋本紀一撮影
  • ナポリ通りを走る聖火ランナー=1964年9月9日、本社ヘリから
    ナポリ通りを走る聖火ランナー=1964年9月9日、本社ヘリから
  • 尝姿を消したかつてのロータリーに代わるように観覧車が円を描いている=2019年9月19日、本社ヘリから徳野仁子撮影
    尝姿を消したかつてのロータリーに代わるように観覧車が円を描いている=2019年9月19日、本社ヘリから徳野仁子撮影
  • 平和の塔に設けられた聖火台に向かう聖火ランナー=宮崎市の平和台公園で1964年9月9日撮影
    平和の塔に設けられた聖火台に向かう聖火ランナー=宮崎市の平和台公園で1964年9月9日撮影
  • 平和の塔の前には、急な階段をよじ登る幼子の姿があった=宮崎市で2019年9月16日、徳野仁子撮影
    平和の塔の前には、急な階段をよじ登る幼子の姿があった=宮崎市で2019年9月16日、徳野仁子撮影
  • 熊本城下を長崎方面に向かう聖火リレー隊=熊本市で1964年9月13日撮影
    熊本城下を長崎方面に向かう聖火リレー隊=熊本市で1964年9月13日撮影
  • 2016年の熊本地震で被災し、修復工事が進む熊本城。通りからその姿を望むのは難しくなった=熊本市中央区で2019年9月28日、徳野仁子撮影
    2016年の熊本地震で被災し、修復工事が進む熊本城。通りからその姿を望むのは難しくなった=熊本市中央区で2019年9月28日、徳野仁子撮影
  • 楠港(当時)に到着し、人波の中を進む聖火=大分県別府市で1964年9月12日、本社ヘリ「かもめ号」から撮影
    楠港(当時)に到着し、人波の中を進む聖火=大分県別府市で1964年9月12日、本社ヘリ「かもめ号」から撮影
  • 楠港の跡地に建つ商業施設から望む国道10号と別府タワー=大分県別府市で2019年10月4日、徳野仁子撮影
    楠港の跡地に建つ商業施設から望む国道10号と別府タワー=大分県別府市で2019年10月4日、徳野仁子撮影
  • 干拓地のシュロの並木道を長崎市へ向かう聖火(後方は雲仙岳)=長崎県森山村(現・諫早市森山町)で1964年9月14日撮影
    干拓地のシュロの並木道を長崎市へ向かう聖火(後方は雲仙岳)=長崎県森山村(現・諫早市森山町)で1964年9月14日撮影
  • 雲仙岳の裾野から朝日が昇り拡幅工事中の国道57号を照らした。黄金色に染まった干拓地を島原鉄道がゆっくりと進んでいた=長崎県諫早市で2019年10月5日午前6時41分、田鍋公也撮影
    雲仙岳の裾野から朝日が昇り拡幅工事中の国道57号を照らした。黄金色に染まった干拓地を島原鉄道がゆっくりと進んでいた=長崎県諫早市で2019年10月5日午前6時41分、田鍋公也撮影
  • 旧有田町役場前を走る聖火ランナー=佐賀県有田町岩谷川内で1964年9月15日、田中家提供・有田町歴史民俗資料館蔵
    旧有田町役場前を走る聖火ランナー=佐賀県有田町岩谷川内で1964年9月15日、田中家提供・有田町歴史民俗資料館蔵
  • 有田焼の窯元や販売業者が軒を連ねる「皿山通り」で、踊りを披露する女性たち=佐賀県有田町で2019年10月16日、田鍋公也撮影
    有田焼の窯元や販売業者が軒を連ねる「皿山通り」で、踊りを披露する女性たち=佐賀県有田町で2019年10月16日、田鍋公也撮影
  • 背後に映画の看板が掲げられた西大橋を走る聖火ランナー=1964年9月17日
    背後に映画の看板が掲げられた西大橋を走る聖火ランナー=1964年9月17日
  • 聖火は西大橋を渡り明治通り(手前)を進んだ。日が落ちると、今も営業を続ける大洋映画劇場が中洲の街に浮かび上がった=福岡市博多区で2019年10月9日、田鍋公也撮影
    聖火は西大橋を渡り明治通り(手前)を進んだ。日が落ちると、今も営業を続ける大洋映画劇場が中洲の街に浮かび上がった=福岡市博多区で2019年10月9日、田鍋公也撮影
  • 徳山コンビナートを背に走る聖火隊=山口県徳山市(現周南市)で1964年9月19日、本社機「オリオン号」から撮影
    徳山コンビナートを背に走る聖火隊=山口県徳山市(現周南市)で1964年9月19日、本社機「オリオン号」から撮影
  • 外灯や車のライトに照らされ、浮かび上がる聖火が走った道(右端)。海沿いに広がる周南コンビナートの夜景は撮影スポットにもなっている=山口県周南市で2019年10月21日、本社ヘリから須賀川理撮影
    外灯や車のライトに照らされ、浮かび上がる聖火が走った道(右端)。海沿いに広がる周南コンビナートの夜景は撮影スポットにもなっている=山口県周南市で2019年10月21日、本社ヘリから須賀川理撮影
  • 平和記念公園の原爆慰霊碑前を走る聖火ランナー。中央奥は原爆ドーム=広島市で1964年9月20日撮影
    平和記念公園の原爆慰霊碑前を走る聖火ランナー。中央奥は原爆ドーム=広島市で1964年9月20日撮影
  • 多くの観光客らが訪れる平和記念公園=広島市中区で、小出洋平撮影
    多くの観光客らが訪れる平和記念公園=広島市中区で、小出洋平撮影
  • 岡山県庁前を走る神達靖久さん=1964年9月23日(神達さん提供)
    岡山県庁前を走る神達靖久さん=1964年9月23日(神達さん提供)
  • 岡山県庁前で当時使用したトーチを手にする神達靖久さん=小出洋平撮影
    岡山県庁前で当時使用したトーチを手にする神達靖久さん=小出洋平撮影
  • 島根県飯南町上赤名(旧赤来町)の砂利道で聖火をリレーする小野覚さん(左)=1964年9月21日(飯南町教育委員会提供)
    島根県飯南町上赤名(旧赤来町)の砂利道で聖火をリレーする小野覚さん(左)=1964年9月21日(飯南町教育委員会提供)
  • 当時と変わらない田園風景が広がる国道54号=同町で10月26日、小出洋平撮影
    当時と変わらない田園風景が広がる国道54号=同町で10月26日、小出洋平撮影
  • 多鯰ケ池前の国道9号(当時)で聖火の引き継ぎを行うランナー=鳥取市で1964年9月26日、鳥取県立公文書館提供
    多鯰ケ池前の国道9号(当時)で聖火の引き継ぎを行うランナー=鳥取市で1964年9月26日、鳥取県立公文書館提供
  • バイパスが整備され、現在は通行する車両もまばらな旧国道9号の峠道(手前)。中央は多鯰ケ池。奥は鳥取砂丘=鳥取市で2019年10月27日、小型無人機で小出洋平撮影
    バイパスが整備され、現在は通行する車両もまばらな旧国道9号の峠道(手前)。中央は多鯰ケ池。奥は鳥取砂丘=鳥取市で2019年10月27日、小型無人機で小出洋平撮影
  • 愛媛県庁本館前をスタートする聖火ランナー=1964年9月14日、走者の玉井国雄さん提供
    愛媛県庁本館前をスタートする聖火ランナー=1964年9月14日、走者の玉井国雄さん提供
  • 当時と変わらない姿の愛媛県庁本館=松山市で、梅田麻衣子撮影
    当時と変わらない姿の愛媛県庁本館=松山市で、梅田麻衣子撮影
  • 室戸岬突端を走る聖火リレー=1964年9月17日
    室戸岬突端を走る聖火リレー=1964年9月17日
  • 長い時間をかけ形成された室戸岬のエボシ岩(右)=高知県室戸市で2019年11月14日、小出洋平撮影
    長い時間をかけ形成された室戸岬のエボシ岩(右)=高知県室戸市で2019年11月14日、小出洋平撮影
  • 「四国三郎」と呼ばれる吉野川にかかった吉野川橋を北上する聖火リレー=1964年9月20日(徳島市提供)
    「四国三郎」と呼ばれる吉野川にかかった吉野川橋を北上する聖火リレー=1964年9月20日(徳島市提供)
  • 現在も車の往来が激しい吉野川橋=徳島市で6日、大西達也撮影
    現在も車の往来が激しい吉野川橋=徳島市で6日、大西達也撮影
  • 瀬戸内海に浮かぶ直島の岬を埋めた人たちに見送られ、岡山県に向かって進む聖火輸送船「こんぴら丸」=香川県直島町で1964年9月21日、本社機から
    瀬戸内海に浮かぶ直島の岬を埋めた人たちに見送られ、岡山県に向かって進む聖火輸送船「こんぴら丸」=香川県直島町で1964年9月21日、本社機から
  • 直島(手前)付近を岡山県に向かって進む宇高航路のフェリー。奥は瀬戸大橋=2019年11月17日、本社ヘリから山崎一輝撮影
    直島(手前)付近を岡山県に向かって進む宇高航路のフェリー。奥は瀬戸大橋=2019年11月17日、本社ヘリから山崎一輝撮影
  • 「昭和の大修理」を終えたばかりの姫路城を望み、進む聖火ランナーたち=兵庫県姫路市で1964年9月24日
    「昭和の大修理」を終えたばかりの姫路城を望み、進む聖火ランナーたち=兵庫県姫路市で1964年9月24日
  • 2015年に「平成の修理」を終えた姫路城=7日、梅田麻衣子撮影
    2015年に「平成の修理」を終えた姫路城=7日、梅田麻衣子撮影
  • 大勢の市民が待つ、天王寺駅前の中継地点に到着した聖火=大阪市で1964年9月26日
    大勢の市民が待つ、天王寺駅前の中継地点に到着した聖火=大阪市で1964年9月26日
  • 再開発で大型商業施設などが整備されたJR天王寺駅周辺。右奥はあべのハルカス=21日、梅田麻衣子撮影
    再開発で大型商業施設などが整備されたJR天王寺駅周辺。右奥はあべのハルカス=21日、梅田麻衣子撮影
  • 聖火を引き継ぎ、和歌山赤十字病院(現・日赤和歌山医療センター)前を県庁に向かって走る山添利男さん=1964年9月26日(山添さん提供)
    聖火を引き継ぎ、和歌山赤十字病院(現・日赤和歌山医療センター)前を県庁に向かって走る山添利男さん=1964年9月26日(山添さん提供)
  • 日赤和歌山医療センター前は片側3車線の幹線道路となり、多くの車が行き交う=和歌山市で11月16日、小出洋平撮影
    日赤和歌山医療センター前は片側3車線の幹線道路となり、多くの車が行き交う=和歌山市で11月16日、小出洋平撮影
  • 興福寺五重塔を背に雨の奈良公園を走る聖火リレー=奈良市内で1964年9月27日撮影
    興福寺五重塔を背に雨の奈良公園を走る聖火リレー=奈良市内で1964年9月27日撮影
  • 興福寺五重塔前を歩くシカ=奈良市で2019年11月29日、梅田麻衣子撮影
    興福寺五重塔前を歩くシカ=奈良市で2019年11月29日、梅田麻衣子撮影
  • 平安神宮前を行く聖火リレー=京都市左京区で1964年9月29日
    平安神宮前を行く聖火リレー=京都市左京区で1964年9月29日
  • 平安神宮の大鳥居を背に写真を撮る観光客=11月26日、川平愛撮影
    平安神宮の大鳥居を背に写真を撮る観光客=11月26日、川平愛撮影
  • 池田義昭さんを先頭に、瀬田川大橋を渡るランナーたち=1964年9月30日、本社ヘリから
    池田義昭さんを先頭に、瀬田川大橋を渡るランナーたち=1964年9月30日、本社ヘリから
  • 瀬田川大橋(手前)=大津市で11月29日、小型無人機で西村剛撮影
    瀬田川大橋(手前)=大津市で11月29日、小型無人機で西村剛撮影
  • 気比神宮に到着した聖火。先頭でトーチを持つのが田中信幸さん=福井県敦賀市で1964年9月28日(福井県文書館提供)
    気比神宮に到着した聖火。先頭でトーチを持つのが田中信幸さん=福井県敦賀市で1964年9月28日(福井県文書館提供)
  • 今も敦賀市民に親しまれる大鳥居=9日、小出洋平撮影
    今も敦賀市民に親しまれる大鳥居=9日、小出洋平撮影
  • 石川県庁前を出発した聖火=金沢市で1964年10月1日撮影
    石川県庁前を出発した聖火=金沢市で1964年10月1日撮影
  • 多目的施設「しいのき迎賓館」に生まれ変わった旧石川県庁舎=金沢市で2019年12月10日、梅田麻衣子撮影
    多目的施設「しいのき迎賓館」に生まれ変わった旧石川県庁舎=金沢市で2019年12月10日、梅田麻衣子撮影
  • 河合友久さんを先頭に繁華街を走るランナーたち=富山県滑川市で1964年10月2日(河合さん提供)
    河合友久さんを先頭に繁華街を走るランナーたち=富山県滑川市で1964年10月2日(河合さん提供)
  • 立山連峰を望む、河合さんが走ったコース。かつては宿場町として栄えた=16日、小出洋平撮影
    立山連峰を望む、河合さんが走ったコース。かつては宿場町として栄えた=16日、小出洋平撮影
  • 鈴鹿トンネルを抜けて三重県に入る聖火ランナーの江藤清治さん=1964年9月30日
    鈴鹿トンネルを抜けて三重県に入る聖火ランナーの江藤清治さん=1964年9月30日
  • 滋賀県と三重県をつなぐ国道1号の鈴鹿トンネル=三重県亀山市で14日、鮫島弘樹撮影
    滋賀県と三重県をつなぐ国道1号の鈴鹿トンネル=三重県亀山市で14日、鮫島弘樹撮影
  • 多くの市民の声援を受けながら、当時の岐阜市役所前を駆け抜ける聖火=岐阜市で1964年10月2日(岐阜市役所提供)
    多くの市民の声援を受けながら、当時の岐阜市役所前を駆け抜ける聖火=岐阜市で1964年10月2日(岐阜市役所提供)
  • 当時市役所だった場所は公園となり、近くでは新庁舎の建設が着々と進んでいる(左奥)=岐阜市で2019年12月14日、鮫島弘樹撮影
    当時市役所だった場所は公園となり、近くでは新庁舎の建設が着々と進んでいる(左奥)=岐阜市で2019年12月14日、鮫島弘樹撮影
  • 名古屋城の一角にある愛知県体育館前を走る聖火ランナー=名古屋市で1964年10月3日、本社ヘリ「かもめ号」から
    名古屋城の一角にある愛知県体育館前を走る聖火ランナー=名古屋市で1964年10月3日、本社ヘリ「かもめ号」から
  • 今も市民に愛されている名古屋城=2019年12月1日、本社ヘリから鮫島弘樹撮影
    今も市民に愛されている名古屋城=2019年12月1日、本社ヘリから鮫島弘樹撮影
  • 聖火リレーを見ようとする市民で埋め尽くされた静岡県三島市中心部の沿道=1964年10月6日(三島市郷土資料館提供)
    聖火リレーを見ようとする市民で埋め尽くされた静岡県三島市中心部の沿道=1964年10月6日(三島市郷土資料館提供)
  • 当時着ていたランニングシャツを手に、路上に立つ下田幸夫さん(左)。近所の梶孝男さんと思い出話に花を咲かせた=静岡県三島市で2019年12月、小川昌宏撮影
    当時着ていたランニングシャツを手に、路上に立つ下田幸夫さん(左)。近所の梶孝男さんと思い出話に花を咲かせた=静岡県三島市で2019年12月、小川昌宏撮影
  • パトカーに先導され、国道20号を走る聖火ランナーら=1964年10月6日(山梨県甲斐市提供)
    パトカーに先導され、国道20号を走る聖火ランナーら=1964年10月6日(山梨県甲斐市提供)
  • 東西を結ぶ動脈として、多くの車が行き交う国道20号。左奥は南アルプスの山々=山梨県甲斐市で2019年12月20日、手塚耕一郎撮影
    東西を結ぶ動脈として、多くの車が行き交う国道20号。左奥は南アルプスの山々=山梨県甲斐市で2019年12月20日、手塚耕一郎撮影
  • 大勢の市民が待つ中、松本市役所に到着した東京五輪の聖火ランナー=1964年10月5日(逸見泰明さん提供)
    大勢の市民が待つ中、松本市役所に到着した東京五輪の聖火ランナー=1964年10月5日(逸見泰明さん提供)
  • 現在の松本市役所前。左奥には松本城の天守が見え、その手前には太鼓門が復元されている=長野県松本市で2019年12月24日、小川昌宏撮影
    現在の松本市役所前。左奥には松本城の天守が見え、その手前には太鼓門が復元されている=長野県松本市で2019年12月24日、小川昌宏撮影
  • 聖火を受け取る村木博志さん(中央)=新潟市の昌平橋で、村木さん提供
    聖火を受け取る村木博志さん(中央)=新潟市の昌平橋で、村木さん提供
  • かつて聖火のトーチを手に走った昌平橋付近で車中から笑顔を見せる村木さん。現在もタクシー運転手として、この道を走り続けている=新潟市北区で2019年12月、手塚耕一郎撮影
    かつて聖火のトーチを手に走った昌平橋付近で車中から笑顔を見せる村木さん。現在もタクシー運転手として、この道を走り続けている=新潟市北区で2019年12月、手塚耕一郎撮影
  • 北海道庁に入る聖火=札幌市中央区で1964年9月10日
    北海道庁に入る聖火=札幌市中央区で1964年9月10日
  • 雪化粧した道庁赤れんが庁舎=札幌市中央区で2020年1月15日、竹内幹撮影
    雪化粧した道庁赤れんが庁舎=札幌市中央区で2020年1月15日、竹内幹撮影
  • 青函連絡船「津軽丸」の甲板で北海道の最終走者から青森の第1走者、小山内道広さん(中央右)のトーチに点火される聖火=津軽海峡で1964年9月17日撮影
    青函連絡船「津軽丸」の甲板で北海道の最終走者から青森の第1走者、小山内道広さん(中央右)のトーチに点火される聖火=津軽海峡で1964年9月17日撮影
  • 「津軽丸」と同型で、現在は海上博物館になっている「メモリアルシップ八甲田丸」の甲板=青森市で2019年11月22日、北山夏帆撮影
    「津軽丸」と同型で、現在は海上博物館になっている「メモリアルシップ八甲田丸」の甲板=青森市で2019年11月22日、北山夏帆撮影
  • 小野喬さんの銅像の前で市長(中央)から走者に手渡される聖火のトーチ=1964年9月22日(秋田県能代市提供)
    小野喬さんの銅像の前で市長(中央)から走者に手渡される聖火のトーチ=1964年9月22日(秋田県能代市提供)
  • 旧市民体育館に今も建つ、1964年東京五輪の開会式で選手宣誓した小野喬さんの銅像=能代市で2020年1月27日、和田大典撮影
    旧市民体育館に今も建つ、1964年東京五輪の開会式で選手宣誓した小野喬さんの銅像=能代市で2020年1月27日、和田大典撮影
  • 1964年東京五輪の聖火リレーで山形県庁のバルコニーに置かれ、聖火がともされた聖火台=山形市で1964年9月27日(中屋別館不動閣提供)
    1964年東京五輪の聖火リレーで山形県庁のバルコニーに置かれ、聖火がともされた聖火台=山形市で1964年9月27日(中屋別館不動閣提供)
  • 1964年東京五輪の聖火リレーで山形県庁に設置された聖火台は現在、温泉旅館「中屋別館不動閣」で展示されている=山形県米沢市で1月17日、手塚耕一郎撮影
    1964年東京五輪の聖火リレーで山形県庁に設置された聖火台は現在、温泉旅館「中屋別館不動閣」で展示されている=山形県米沢市で1月17日、手塚耕一郎撮影
  • マルカン百貨店の前身である衣料品店「マルカン」前を走る聖火ランナー=岩手県花巻市で1964年9月24日(佐藤健一郎さん提供)
    マルカン百貨店の前身である衣料品店「マルカン」前を走る聖火ランナー=岩手県花巻市で1964年9月24日(佐藤健一郎さん提供)
  • 1964年東京五輪の聖火ランナーが走った道路を望むマルカンビル大食堂を職場の仲間で訪れ、名物の10段ソフトクリームを箸で分け合う人たち=同市で1月28日、和田大典撮影
    1964年東京五輪の聖火ランナーが走った道路を望むマルカンビル大食堂を職場の仲間で訪れ、名物の10段ソフトクリームを箸で分け合う人たち=同市で1月28日、和田大典撮影
  • 沿道の人々が応援する中、目抜き通りを駆け抜ける井口経明さん=宮城県岩沼町(現岩沼市)で1964年9月28日(井口さん提供)
    沿道の人々が応援する中、目抜き通りを駆け抜ける井口経明さん=宮城県岩沼町(現岩沼市)で1964年9月28日(井口さん提供)
  • 1964年東京五輪の聖火リレーが行われた県道124号線=宮城県岩沼市で2020年2月5日、和田大典撮影
    1964年東京五輪の聖火リレーが行われた県道124号線=宮城県岩沼市で2020年2月5日、和田大典撮影
  • 日の丸を振る沿道の住民らの声援を受けて走る松村賢剛さん=福島県日和田町(現郡山市日和田町)で1964年9月29日(松村さん提供)
    日の丸を振る沿道の住民らの声援を受けて走る松村賢剛さん=福島県日和田町(現郡山市日和田町)で1964年9月29日(松村さん提供)
  • かつてはかやぶき屋根だった住居が残る奥州街道=福島県郡山市で2020年2月4日、小川昌宏撮影
    かつてはかやぶき屋根だった住居が残る奥州街道=福島県郡山市で2020年2月4日、小川昌宏撮影
  • 旧国道17号の沿道に人があふれた。右手前でカメラを持ち、後頭部が見えているのは五味さんの父親という=群馬県渋川市で1964年10月5日(五味明大さん提供)
    旧国道17号の沿道に人があふれた。右手前でカメラを持ち、後頭部が見えているのは五味さんの父親という=群馬県渋川市で1964年10月5日(五味明大さん提供)
  • 旧国道17号。夕暮れの中、多くの車が行き交う=群馬県渋川市で2020年2月2日、手塚耕一郎撮影
    旧国道17号。夕暮れの中、多くの車が行き交う=群馬県渋川市で2020年2月2日、手塚耕一郎撮影
  • 晩翠橋を渡り県庁に向かう聖火=栃木県黒磯町(現那須塩原市)で1964年10月1日(下野新聞提供)
    晩翠橋を渡り県庁に向かう聖火=栃木県黒磯町(現那須塩原市)で1964年10月1日(下野新聞提供)
  • 当時のままの姿を残す晩翠橋=栃木県那須塩原市で2020年2月1日、小川昌宏撮影
    当時のままの姿を残す晩翠橋=栃木県那須塩原市で2020年2月1日、小川昌宏撮影
  • 大勢の人が見守る中、中継地点で次のランナーに聖火を渡した柳井哲也さん(左)。奥は「あたりや」=茨城県美浦村で1964年10月5日(柳井さん提供)
    大勢の人が見守る中、中継地点で次のランナーに聖火を渡した柳井哲也さん(左)。奥は「あたりや」=茨城県美浦村で1964年10月5日(柳井さん提供)
  • かつて聖火が受け渡された道路沿いに建つ食堂「あたりや」(奥)。車の往来はあるが、歩行者は少ない=茨城県美浦村で2020年2月5日、小川昌宏撮影
    かつて聖火が受け渡された道路沿いに建つ食堂「あたりや」(奥)。車の往来はあるが、歩行者は少ない=茨城県美浦村で2020年2月5日、小川昌宏撮影
  • 埼玉県側(右)から東京都側に引き継がれた聖火=1964年10月7日撮影
    埼玉県側(右)から東京都側に引き継がれた聖火=1964年10月7日撮影
  • 戸田橋から眺めた都心方面。聖火はここから東京都に入った=埼玉県戸田市で、手塚耕一郎撮影
    戸田橋から眺めた都心方面。聖火はここから東京都に入った=埼玉県戸田市で、手塚耕一郎撮影
  • 千葉街道、登戸4丁目付近の千葉海岸を走る聖火ランナー=千葉市中央区で1964年10月7日(千葉市提供)
    千葉街道、登戸4丁目付近の千葉海岸を走る聖火ランナー=千葉市中央区で1964年10月7日(千葉市提供)
  • 交通量の多い登戸4丁目付近の国道14号。かつて海だった道路の右側には今、高層ビルが連なる=千葉市中央区で2020年1月14日、小川昌宏撮影
    交通量の多い登戸4丁目付近の国道14号。かつて海だった道路の右側には今、高層ビルが連なる=千葉市中央区で2020年1月14日、小川昌宏撮影
  • 聖火リレーの中継地点の看板前で写真に納まる露木行雄さん=神奈川県箱根町で1964年10月6日(露木さん提供)
    聖火リレーの中継地点の看板前で写真に納まる露木行雄さん=神奈川県箱根町で1964年10月6日(露木さん提供)
  • 露木行雄さん(右)が1964年東京オリンピックの聖火リレーで走った国道1号。聖火の中継地点にあった建物が今も残っている=神奈川県箱根町で2020年2月、玉城達郎撮影
    露木行雄さん(右)が1964年東京オリンピックの聖火リレーで走った国道1号。聖火の中継地点にあった建物が今も残っている=神奈川県箱根町で2020年2月、玉城達郎撮影
  • 当時、大勢の人が見守ったこの場所を駆け抜ける遠藤さん(中央)=1964年10月8日(本人提供)
    当時、大勢の人が見守ったこの場所を駆け抜ける遠藤さん(中央)=1964年10月8日(本人提供)
  • かつて聖火リレーで走った秋川街道と旧青梅街道の分岐点に立つ遠藤良宏さん=東京都青梅市で2020年1月27日、手塚耕一郎撮影
    かつて聖火リレーで走った秋川街道と旧青梅街道の分岐点に立つ遠藤良宏さん=東京都青梅市で2020年1月27日、手塚耕一郎撮影
  • 各国旗が掲げられた東京都庁に到着した聖火=東京都千代田区で1964年10月7日、川辺信一撮影
    各国旗が掲げられた東京都庁に到着した聖火=東京都千代田区で1964年10月7日、川辺信一撮影
  • 1964年東京オリンピックの聖火が到着した都庁舎があった場所には現在、東京国際フォーラム(左下)が建つ=2月27日、本社ヘリから手塚耕一郎撮影
    1964年東京オリンピックの聖火が到着した都庁舎があった場所には現在、東京国際フォーラム(左下)が建つ=2月27日、本社ヘリから手塚耕一郎撮影
  • 五輪マークと参加各国の旗が掲げられた東京都庁に到着した聖火=東京都千代田区で1964年10月7日
    五輪マークと参加各国の旗が掲げられた東京都庁に到着した聖火=東京都千代田区で1964年10月7日
  • 当時、東京都庁があった場所に建つ東京国際フォーラム。周辺の高層ビルと街の明かりに照らし出されていた=東京都千代田区で2020年3月5日、小川昌宏撮影(超広角レンズ使用)
    当時、東京都庁があった場所に建つ東京国際フォーラム。周辺の高層ビルと街の明かりに照らし出されていた=東京都千代田区で2020年3月5日、小川昌宏撮影(超広角レンズ使用)

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