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「変わりダネ」古墳 変わった形、あり得ない場所に保存

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  • 【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】今城塚古墳は墳丘の長さが181㍍の巨大古墳だが、宮内庁から陵墓に指定されず自由に入ることができた。市による発掘調査も行われ、6世紀前半に築造された真の継体天皇陵という説が有力だ。公園として市民の憩いの場になり、休日には古墳の中や周辺で子どもたちが走り回っている。力士や武人、さまざまな動物などの復元した形象埴輪が並べられ、柵のかわりに円筒埴輪も立ち並んでいる。墳丘にも立ち入ることができて、歴史ファンも十分満喫できる=大阪府高槻市で2022年4月1日、加古信志撮影
    【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】今城塚古墳は墳丘の長さが181㍍の巨大古墳だが、宮内庁から陵墓に指定されず自由に入ることができた。市による発掘調査も行われ、6世紀前半に築造された真の継体天皇陵という説が有力だ。公園として市民の憩いの場になり、休日には古墳の中や周辺で子どもたちが走り回っている。力士や武人、さまざまな動物などの復元した形象埴輪が並べられ、柵のかわりに円筒埴輪も立ち並んでいる。墳丘にも立ち入ることができて、歴史ファンも十分満喫できる=大阪府高槻市で2022年4月1日、加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】上空から見た今城塚古墳。公園としてきれいに整備されている=2022年3月23日、本社ヘリから加古信志撮影
    【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】上空から見た今城塚古墳。公園としてきれいに整備されている=2022年3月23日、本社ヘリから加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】実際に置かれたと確認された位置に巫女(みこ)などの復元された形象埴輪が並べられている=2022年4月1日、加古信志撮影
    【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】実際に置かれたと確認された位置に巫女(みこ)などの復元された形象埴輪が並べられている=2022年4月1日、加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】実際に置かれたと確認された位置に馬や牛、鳥などの復元された形象埴輪が並べられ、内堤には柵のかわりに円筒埴輪が立ち並んでいる。奥に見える墳丘にも立ち入ることができて、歴史ファンも十分満喫出来る=2022年4月1日、加古信志撮影
    【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】実際に置かれたと確認された位置に馬や牛、鳥などの復元された形象埴輪が並べられ、内堤には柵のかわりに円筒埴輪が立ち並んでいる。奥に見える墳丘にも立ち入ることができて、歴史ファンも十分満喫出来る=2022年4月1日、加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】実際に置かれたと確認された位置に馬や牛、鳥などの復元された形象埴輪が並べられ、内堤には柵のかわりに円筒埴輪が立ち並んでいる。奥に見える墳丘にも立ち入ることができて、歴史ファンも十分満喫出来る=2022年4月1日、加古信志撮影
    【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】実際に置かれたと確認された位置に馬や牛、鳥などの復元された形象埴輪が並べられ、内堤には柵のかわりに円筒埴輪が立ち並んでいる。奥に見える墳丘にも立ち入ることができて、歴史ファンも十分満喫出来る=2022年4月1日、加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】実際に置かれたと確認された位置に力士などの復元された形象埴輪が並べられ、内堤には柵のかわりに円筒埴輪が立ち並んでいる=2022年4月1日、加古信志撮影
    【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】実際に置かれたと確認された位置に力士などの復元された形象埴輪が並べられ、内堤には柵のかわりに円筒埴輪が立ち並んでいる=2022年4月1日、加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】実際に置かれたと確認された位置に力士などの復元された形象埴輪が並べられ、内堤には柵のかわりに円筒埴輪が立ち並んでいる=2022年4月1日、加古信志撮影
    【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】実際に置かれたと確認された位置に力士などの復元された形象埴輪が並べられ、内堤には柵のかわりに円筒埴輪が立ち並んでいる=2022年4月1日、加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】今城塚古墳は墳丘の長さが181メートルの巨大古墳だが、宮内庁から陵墓に指定されず自由に入ることができた。市による発掘調査も行われ、6世紀前半に築造された真の継体天皇陵という説が有力だ。公園として市民の憩いの場になり、休日には古墳の中や周辺で子どもたちが走り回っている。力士や武人、さまざまな動物などの復元した形象埴輪が並べられ、柵のかわりに円筒埴輪も立ち並んでいる。墳丘にも立ち入ることができて、歴史ファンも十分満喫できる=2022年4月1日、加古信志撮影
    【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】今城塚古墳は墳丘の長さが181メートルの巨大古墳だが、宮内庁から陵墓に指定されず自由に入ることができた。市による発掘調査も行われ、6世紀前半に築造された真の継体天皇陵という説が有力だ。公園として市民の憩いの場になり、休日には古墳の中や周辺で子どもたちが走り回っている。力士や武人、さまざまな動物などの復元した形象埴輪が並べられ、柵のかわりに円筒埴輪も立ち並んでいる。墳丘にも立ち入ることができて、歴史ファンも十分満喫できる=2022年4月1日、加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】上空から見た今城塚古墳。墳丘に人が通る道が見える=2022年3月23日、本社ヘリから加古信志撮影
    【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】上空から見た今城塚古墳。墳丘に人が通る道が見える=2022年3月23日、本社ヘリから加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【玉手山2号墳(大阪府柏原市玉手町)】上空からは前方後円墳の形になった墓地の区画がはっきりとわかる。古くから地域の墓地として利用されていたという=2022年3月23日、本社ヘリから加古信志撮影
    【玉手山2号墳(大阪府柏原市玉手町)】上空からは前方後円墳の形になった墓地の区画がはっきりとわかる。古くから地域の墓地として利用されていたという=2022年3月23日、本社ヘリから加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【玉手山2号墳(大阪府柏原市玉手町)】上空からは前方後円墳の形になった墓地の区画がはっきりとわかる。古くから地域の墓地として利用されていたという=2022年3月23日、本社ヘリから加古信志撮影
    【玉手山2号墳(大阪府柏原市玉手町)】上空からは前方後円墳の形になった墓地の区画がはっきりとわかる。古くから地域の墓地として利用されていたという=2022年3月23日、本社ヘリから加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【玉手山2号墳(大阪府柏原市玉手町)】上空からは前方後円墳の形になった墓地の区画がはっきりとわかる。古くから地域の墓地として利用されていたという=2022年3月23日、本社ヘリから加古信志撮影
    【玉手山2号墳(大阪府柏原市玉手町)】上空からは前方後円墳の形になった墓地の区画がはっきりとわかる。古くから地域の墓地として利用されていたという=2022年3月23日、本社ヘリから加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【玉手山2号墳(大阪府柏原市玉手町)】上空からは前方後円墳の形になった墓地の区画がはっきりとわかる。古くから地域の墓地として利用されていたという=2022年3月23日、本社ヘリから加古信志撮影
    【玉手山2号墳(大阪府柏原市玉手町)】上空からは前方後円墳の形になった墓地の区画がはっきりとわかる。古くから地域の墓地として利用されていたという=2022年3月23日、本社ヘリから加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【玉手山2号墳(大阪府柏原市玉手町)】南側の前方部から見た玉手山2号墳。墓地の区画が前方後円墳の形になっているのがおぼろげながら確認出来る。西側の大阪平野を見渡すことができ、古市古墳群の大古墳を展望できる=2022年3月16日、加古信志撮影
    【玉手山2号墳(大阪府柏原市玉手町)】南側の前方部から見た玉手山2号墳。墓地の区画が前方後円墳の形になっているのがおぼろげながら確認出来る。西側の大阪平野を見渡すことができ、古市古墳群の大古墳を展望できる=2022年3月16日、加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【玉手山2号墳(大阪府柏原市玉手町)】後円部側から見上げる玉手山第2墳。上の部分に墓地が見える。=2022年3月16日、加古信志撮影
    【玉手山2号墳(大阪府柏原市玉手町)】後円部側から見上げる玉手山第2墳。上の部分に墓地が見える。=2022年3月16日、加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【玉手山2号墳(大阪府柏原市玉手町)】北側の玉手山1号墳から見た玉手山第2墳。古墳の上には墓地が覆っている=2022年3月16日、加古信志撮影
    【玉手山2号墳(大阪府柏原市玉手町)】北側の玉手山1号墳から見た玉手山第2墳。古墳の上には墓地が覆っている=2022年3月16日、加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【小金塚古墳(大阪府岸和田市岡山町)】住宅に囲まれた道路の真ん中に残された古墳。墳丘はかなり削られていて、かえって独特な形になった。「ロータリーあり」の交通標識が脇に立てられている=2022年3月21日、加古信志撮影
    【小金塚古墳(大阪府岸和田市岡山町)】住宅に囲まれた道路の真ん中に残された古墳。墳丘はかなり削られていて、かえって独特な形になった。「ロータリーあり」の交通標識が脇に立てられている=2022年3月21日、加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【小金塚古墳(大阪府岸和田市岡山町)】住宅に囲まれた道路の真ん中に残された古墳。昭和初期の記録でも墳丘はかなり削られているようで、かえって独特な形になっている。「交通整理のための円形地帯」として人工的に設けられたわけではないが、「ロータリーあり」の交通標識が脇に立てられている=2022年3月21日、加古信志撮影
    【小金塚古墳(大阪府岸和田市岡山町)】住宅に囲まれた道路の真ん中に残された古墳。昭和初期の記録でも墳丘はかなり削られているようで、かえって独特な形になっている。「交通整理のための円形地帯」として人工的に設けられたわけではないが、「ロータリーあり」の交通標識が脇に立てられている=2022年3月21日、加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【小金塚古墳(大阪府岸和田市岡山町)】住宅に囲まれた道路の真ん中に残された古墳。昭和初期の記録でも墳丘はかなり削られているようで、かえって独特な形になっている=2022年3月21日、加古信志撮影
    【小金塚古墳(大阪府岸和田市岡山町)】住宅に囲まれた道路の真ん中に残された古墳。昭和初期の記録でも墳丘はかなり削られているようで、かえって独特な形になっている=2022年3月21日、加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【赤面山古墳(大阪府藤井寺市古室】西名阪自動車道の高架に大部分が覆われてしまった赤面山古墳。高架下から眺めると、草も生えていない部分は工事で出た盛り土のように見える=2022年3月16日、加古信志撮影
    【赤面山古墳(大阪府藤井寺市古室】西名阪自動車道の高架に大部分が覆われてしまった赤面山古墳。高架下から眺めると、草も生えていない部分は工事で出た盛り土のように見える=2022年3月16日、加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【赤面山古墳(大阪府藤井寺市古室】西名阪自動車道の高架に大部分が覆われてしまった赤面山古墳。高架下から眺めると、草も生えていない部分は工事で出た盛り土のように見える=2022年3月16日、加古信志撮影
    【赤面山古墳(大阪府藤井寺市古室】西名阪自動車道の高架に大部分が覆われてしまった赤面山古墳。高架下から眺めると、草も生えていない部分は工事で出た盛り土のように見える=2022年3月16日、加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【赤面山古墳(大阪府藤井寺市古室】西名阪自動車道の高架に大部分が覆われてしまった赤面山古墳。日光が当たらず草も生えていない部分は工事で出た盛り土のように見える=2022年3月16日、加古信志撮影
    【赤面山古墳(大阪府藤井寺市古室】西名阪自動車道の高架に大部分が覆われてしまった赤面山古墳。日光が当たらず草も生えていない部分は工事で出た盛り土のように見える=2022年3月16日、加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【赤面山古墳(大阪府藤井寺市古室】西名阪自動車道の高架に大部分が覆われてしまった赤面山古墳。南側の高架からはみ出た部分は道路を曲げて保存されている=2022年3月16日、加古信志撮影
    【赤面山古墳(大阪府藤井寺市古室】西名阪自動車道の高架に大部分が覆われてしまった赤面山古墳。南側の高架からはみ出た部分は道路を曲げて保存されている=2022年3月16日、加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【赤面山古墳(大阪府藤井寺市古室】西名阪自動車道の高架に大部分が覆われてしまった赤面山古墳。南側の高架からはみ出た部分は道路を曲げて保存されている=2022年3月16日、加古信志撮影
    【赤面山古墳(大阪府藤井寺市古室】西名阪自動車道の高架に大部分が覆われてしまった赤面山古墳。南側の高架からはみ出た部分は道路を曲げて保存されている=2022年3月16日、加古信志撮影 記事本文を読む
  • 【七観音(しちかんのん)古墳(堺市堺区旭ケ丘北町)】大仙公園の南側出入り口近くにある直径・5㍍の円墳。木々が茂っていたが、大仙公園の整備に伴い今のような形になった。表面は花木が植えられて、花壇のようになっている=2022年4月1日、加古信志撮影(魚眼レンズで撮影)
    【七観音(しちかんのん)古墳(堺市堺区旭ケ丘北町)】大仙公園の南側出入り口近くにある直径・5㍍の円墳。木々が茂っていたが、大仙公園の整備に伴い今のような形になった。表面は花木が植えられて、花壇のようになっている=2022年4月1日、加古信志撮影(魚眼レンズで撮影) 記事本文を読む
  • 【七観音(しちかんのん)古墳(堺市堺区旭ケ丘北町)】大仙公園の南側出入口近くにある直径32・5メートルの円墳。木々が茂っていたが、大仙公園の整備に伴い今のような形になった。表面は花木が植えられて、花壇のようになっている=2022年4月1日、加古信志撮影(魚眼レンズで撮影)
    【七観音(しちかんのん)古墳(堺市堺区旭ケ丘北町)】大仙公園の南側出入口近くにある直径32・5メートルの円墳。木々が茂っていたが、大仙公園の整備に伴い今のような形になった。表面は花木が植えられて、花壇のようになっている=2022年4月1日、加古信志撮影(魚眼レンズで撮影) 記事本文を読む
  • 【七観音(しちかんのん)古墳(堺市堺区旭ケ丘北町)】大仙公園の南側出入口近くにある直径32・5メートルの円墳。木々が茂っていたが、大仙公園の整備に伴い今のような形になった。表面は花木が植えられて、花壇のようになっている=2022年4月1日、加古信志撮影(魚眼レンズで撮影)
    【七観音(しちかんのん)古墳(堺市堺区旭ケ丘北町)】大仙公園の南側出入口近くにある直径32・5メートルの円墳。木々が茂っていたが、大仙公園の整備に伴い今のような形になった。表面は花木が植えられて、花壇のようになっている=2022年4月1日、加古信志撮影(魚眼レンズで撮影) 記事本文を読む
  • 【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】今城塚古墳は墳丘の長さが181㍍の巨大古墳だが、宮内庁から陵墓に指定されず自由に入ることができた。市による発掘調査も行われ、6世紀前半に築造された真の継体天皇陵という説が有力だ。公園として市民の憩いの場になり、休日には古墳の中や周辺で子どもたちが走り回っている。力士や武人、さまざまな動物などの復元した形象埴輪が並べられ、柵のかわりに円筒埴輪も立ち並んでいる。墳丘にも立ち入ることができて、歴史ファンも十分満喫できる=大阪府高槻市で2022年4月1日、加古信志撮影
  • 【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】上空から見た今城塚古墳。公園としてきれいに整備されている=2022年3月23日、本社ヘリから加古信志撮影
  • 【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】実際に置かれたと確認された位置に巫女(みこ)などの復元された形象埴輪が並べられている=2022年4月1日、加古信志撮影
  • 【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】実際に置かれたと確認された位置に馬や牛、鳥などの復元された形象埴輪が並べられ、内堤には柵のかわりに円筒埴輪が立ち並んでいる。奥に見える墳丘にも立ち入ることができて、歴史ファンも十分満喫出来る=2022年4月1日、加古信志撮影
  • 【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】実際に置かれたと確認された位置に馬や牛、鳥などの復元された形象埴輪が並べられ、内堤には柵のかわりに円筒埴輪が立ち並んでいる。奥に見える墳丘にも立ち入ることができて、歴史ファンも十分満喫出来る=2022年4月1日、加古信志撮影
  • 【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】実際に置かれたと確認された位置に力士などの復元された形象埴輪が並べられ、内堤には柵のかわりに円筒埴輪が立ち並んでいる=2022年4月1日、加古信志撮影
  • 【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】実際に置かれたと確認された位置に力士などの復元された形象埴輪が並べられ、内堤には柵のかわりに円筒埴輪が立ち並んでいる=2022年4月1日、加古信志撮影
  • 【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】今城塚古墳は墳丘の長さが181メートルの巨大古墳だが、宮内庁から陵墓に指定されず自由に入ることができた。市による発掘調査も行われ、6世紀前半に築造された真の継体天皇陵という説が有力だ。公園として市民の憩いの場になり、休日には古墳の中や周辺で子どもたちが走り回っている。力士や武人、さまざまな動物などの復元した形象埴輪が並べられ、柵のかわりに円筒埴輪も立ち並んでいる。墳丘にも立ち入ることができて、歴史ファンも十分満喫できる=2022年4月1日、加古信志撮影
  • 【今城塚古墳(大阪府高槻市郡家新町)】上空から見た今城塚古墳。墳丘に人が通る道が見える=2022年3月23日、本社ヘリから加古信志撮影
  • 【玉手山2号墳(大阪府柏原市玉手町)】上空からは前方後円墳の形になった墓地の区画がはっきりとわかる。古くから地域の墓地として利用されていたという=2022年3月23日、本社ヘリから加古信志撮影
  • 【玉手山2号墳(大阪府柏原市玉手町)】上空からは前方後円墳の形になった墓地の区画がはっきりとわかる。古くから地域の墓地として利用されていたという=2022年3月23日、本社ヘリから加古信志撮影
  • 【玉手山2号墳(大阪府柏原市玉手町)】上空からは前方後円墳の形になった墓地の区画がはっきりとわかる。古くから地域の墓地として利用されていたという=2022年3月23日、本社ヘリから加古信志撮影
  • 【玉手山2号墳(大阪府柏原市玉手町)】上空からは前方後円墳の形になった墓地の区画がはっきりとわかる。古くから地域の墓地として利用されていたという=2022年3月23日、本社ヘリから加古信志撮影
  • 【玉手山2号墳(大阪府柏原市玉手町)】南側の前方部から見た玉手山2号墳。墓地の区画が前方後円墳の形になっているのがおぼろげながら確認出来る。西側の大阪平野を見渡すことができ、古市古墳群の大古墳を展望できる=2022年3月16日、加古信志撮影
  • 【玉手山2号墳(大阪府柏原市玉手町)】後円部側から見上げる玉手山第2墳。上の部分に墓地が見える。=2022年3月16日、加古信志撮影
  • 【玉手山2号墳(大阪府柏原市玉手町)】北側の玉手山1号墳から見た玉手山第2墳。古墳の上には墓地が覆っている=2022年3月16日、加古信志撮影
  • 【小金塚古墳(大阪府岸和田市岡山町)】住宅に囲まれた道路の真ん中に残された古墳。墳丘はかなり削られていて、かえって独特な形になった。「ロータリーあり」の交通標識が脇に立てられている=2022年3月21日、加古信志撮影
  • 【小金塚古墳(大阪府岸和田市岡山町)】住宅に囲まれた道路の真ん中に残された古墳。昭和初期の記録でも墳丘はかなり削られているようで、かえって独特な形になっている。「交通整理のための円形地帯」として人工的に設けられたわけではないが、「ロータリーあり」の交通標識が脇に立てられている=2022年3月21日、加古信志撮影
  • 【小金塚古墳(大阪府岸和田市岡山町)】住宅に囲まれた道路の真ん中に残された古墳。昭和初期の記録でも墳丘はかなり削られているようで、かえって独特な形になっている=2022年3月21日、加古信志撮影
  • 【赤面山古墳(大阪府藤井寺市古室】西名阪自動車道の高架に大部分が覆われてしまった赤面山古墳。高架下から眺めると、草も生えていない部分は工事で出た盛り土のように見える=2022年3月16日、加古信志撮影
  • 【赤面山古墳(大阪府藤井寺市古室】西名阪自動車道の高架に大部分が覆われてしまった赤面山古墳。高架下から眺めると、草も生えていない部分は工事で出た盛り土のように見える=2022年3月16日、加古信志撮影
  • 【赤面山古墳(大阪府藤井寺市古室】西名阪自動車道の高架に大部分が覆われてしまった赤面山古墳。日光が当たらず草も生えていない部分は工事で出た盛り土のように見える=2022年3月16日、加古信志撮影
  • 【赤面山古墳(大阪府藤井寺市古室】西名阪自動車道の高架に大部分が覆われてしまった赤面山古墳。南側の高架からはみ出た部分は道路を曲げて保存されている=2022年3月16日、加古信志撮影
  • 【赤面山古墳(大阪府藤井寺市古室】西名阪自動車道の高架に大部分が覆われてしまった赤面山古墳。南側の高架からはみ出た部分は道路を曲げて保存されている=2022年3月16日、加古信志撮影
  • 【七観音(しちかんのん)古墳(堺市堺区旭ケ丘北町)】大仙公園の南側出入り口近くにある直径・5㍍の円墳。木々が茂っていたが、大仙公園の整備に伴い今のような形になった。表面は花木が植えられて、花壇のようになっている=2022年4月1日、加古信志撮影(魚眼レンズで撮影)
  • 【七観音(しちかんのん)古墳(堺市堺区旭ケ丘北町)】大仙公園の南側出入口近くにある直径32・5メートルの円墳。木々が茂っていたが、大仙公園の整備に伴い今のような形になった。表面は花木が植えられて、花壇のようになっている=2022年4月1日、加古信志撮影(魚眼レンズで撮影)
  • 【七観音(しちかんのん)古墳(堺市堺区旭ケ丘北町)】大仙公園の南側出入口近くにある直径32・5メートルの円墳。木々が茂っていたが、大仙公園の整備に伴い今のような形になった。表面は花木が植えられて、花壇のようになっている=2022年4月1日、加古信志撮影(魚眼レンズで撮影)

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