高橋智史が撮る故郷・秋田

受け継がれしものたち 湯沢・院内銀山 「栄枯盛衰」物語る /秋田

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  • 「院内銀山」で生涯を終えた人々の墓碑が並ぶ「三番共葬墓地」=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
    「院内銀山」で生涯を終えた人々の墓碑が並ぶ「三番共葬墓地」=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
  • 「院内銀山」で生涯を終えた人々を供養するために「三番共葬墓地」内に安置された歴史を刻む地蔵菩薩=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
    「院内銀山」で生涯を終えた人々を供養するために「三番共葬墓地」内に安置された歴史を刻む地蔵菩薩=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
  • 「院内銀山」跡の「三番共葬墓地」内に立つ「水子塚」=秋田県湯沢市で2022年6月撮影
    「院内銀山」跡の「三番共葬墓地」内に立つ「水子塚」=秋田県湯沢市で2022年6月撮影
  • 「院内銀山」の栄枯盛衰を物語るかのように「三番共葬墓地」内の墓碑が植物にのみ込まれていく=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
    「院内銀山」の栄枯盛衰を物語るかのように「三番共葬墓地」内の墓碑が植物にのみ込まれていく=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
  • 「院内銀山」で生涯を終えた人々の鎮魂のために、1975年に「三番共葬墓地」内に安置された聖観音像=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
    「院内銀山」で生涯を終えた人々の鎮魂のために、1975年に「三番共葬墓地」内に安置された聖観音像=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
  • 「院内銀山」唯一の坑夫の出入り口だった「御幸坑」。かつて「五番坑」と呼ばれていたが、1881年9月21日に明治天皇が行幸し、五番坑に入坑されたことから現在の名称に。その後、9月21日は「全国鉱山記念日」と制定された=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
    「院内銀山」唯一の坑夫の出入り口だった「御幸坑」。かつて「五番坑」と呼ばれていたが、1881年9月21日に明治天皇が行幸し、五番坑に入坑されたことから現在の名称に。その後、9月21日は「全国鉱山記念日」と制定された=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
  • 植物に覆われた「長床(拝殿)跡」。院内銀山の役員らの集会所や芸能上演の場として使われた=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
    植物に覆われた「長床(拝殿)跡」。院内銀山の役員らの集会所や芸能上演の場として使われた=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
  • 重厚な石垣が残る「異人館跡」。工部省(当時)は「院内銀山」の近代化を目指し、1879年にドイツ人技師を同銀山に招聘し、洋式住宅を建築して住まわせた。当時の人々はその屋敷を「異人館」と称した=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
    重厚な石垣が残る「異人館跡」。工部省(当時)は「院内銀山」の近代化を目指し、1879年にドイツ人技師を同銀山に招聘し、洋式住宅を建築して住まわせた。当時の人々はその屋敷を「異人館」と称した=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
  • 「院内銀山」の総鎮守として創建された「金山神社」に安置されている苔むした狛犬=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
    「院内銀山」の総鎮守として創建された「金山神社」に安置されている苔むした狛犬=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
  • 「院内銀山異人館」に設置されている鉱山労働者たちの仕事風景。長期間、粉じんを吸ったため、鉱山労働者は「よろけ」と呼ばれる肺病にむしばまれた。「30歳まで生きれば長生き」とされ、30歳を超えた者は赤いふんどしを、30歳に満たない者は白いふんどしを締め、坑道に向かい続けた=秋田県湯沢市で2022年6月撮影
    「院内銀山異人館」に設置されている鉱山労働者たちの仕事風景。長期間、粉じんを吸ったため、鉱山労働者は「よろけ」と呼ばれる肺病にむしばまれた。「30歳まで生きれば長生き」とされ、30歳を超えた者は赤いふんどしを、30歳に満たない者は白いふんどしを締め、坑道に向かい続けた=秋田県湯沢市で2022年6月撮影
  • 「院内銀山」で生涯を終えた人々の墓碑が並ぶ「三番共葬墓地」=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
  • 「院内銀山」で生涯を終えた人々を供養するために「三番共葬墓地」内に安置された歴史を刻む地蔵菩薩=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
  • 「院内銀山」跡の「三番共葬墓地」内に立つ「水子塚」=秋田県湯沢市で2022年6月撮影
  • 「院内銀山」の栄枯盛衰を物語るかのように「三番共葬墓地」内の墓碑が植物にのみ込まれていく=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
  • 「院内銀山」で生涯を終えた人々の鎮魂のために、1975年に「三番共葬墓地」内に安置された聖観音像=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
  • 「院内銀山」唯一の坑夫の出入り口だった「御幸坑」。かつて「五番坑」と呼ばれていたが、1881年9月21日に明治天皇が行幸し、五番坑に入坑されたことから現在の名称に。その後、9月21日は「全国鉱山記念日」と制定された=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
  • 植物に覆われた「長床(拝殿)跡」。院内銀山の役員らの集会所や芸能上演の場として使われた=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
  • 重厚な石垣が残る「異人館跡」。工部省(当時)は「院内銀山」の近代化を目指し、1879年にドイツ人技師を同銀山に招聘し、洋式住宅を建築して住まわせた。当時の人々はその屋敷を「異人館」と称した=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
  • 「院内銀山」の総鎮守として創建された「金山神社」に安置されている苔むした狛犬=秋田県湯沢市の院内銀山跡で2022年6月撮影
  • 「院内銀山異人館」に設置されている鉱山労働者たちの仕事風景。長期間、粉じんを吸ったため、鉱山労働者は「よろけ」と呼ばれる肺病にむしばまれた。「30歳まで生きれば長生き」とされ、30歳を超えた者は赤いふんどしを、30歳に満たない者は白いふんどしを締め、坑道に向かい続けた=秋田県湯沢市で2022年6月撮影

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