メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

選抜高校野球

初出場の呉 「再び野球の街として…」

初出場を決め、ガッツポーズをして喜ぶ呉の選手たち=広島県呉市で2017年1月27日、山田尚弘撮影

 呉(広島)が創部10年で第89回選抜高校野球大会で、初出場を決めた。かつて東洋一の軍港の街だった呉市は、戦艦大和の建造で知られる呉海軍工廠(こうしょう)で明治時代から野球が奨励され盛んだったが、市内からの出場は50年以上なかった。吉報が届いた地元は歓喜に沸いた。「おめでとう」「頑張って」と祝福のシャワーを浴びた新田旬希(しゅんき)主将(2年)は「甲子園の舞台に立てると思うと、すごくうれしい。切磋琢磨(せっさたくま)し、全力で戦う」と決意表明した。

 呉市体育協会によると、明治30年代に海軍工廠の工員の体力増強のため野球が取り入れられた。呉野球協会が設立され、野球チームが次々と誕生した。戦前は現在の呉港(ごこう)が6年連続で夏の甲子園に出場し、全国制覇も成し遂げた。

 だが、1963年の呉港のセンバツ出場を最後に呉市は甲子園から遠ざかる。そうした中、「再び野球の街として盛り上げたい」(小村和年市長)との強い思いを託され、市立の呉に2007年、野球部が創設された。「甲子園に出るチームを作ってくれ」。市長の熱意を受け止めたのは尾道商(広島)を3度甲子園に導いた中村信彦監督(62)だった。市は学校近くの市営公園を優先利用できるようにするなど、環境を整備した。

 呉市周辺では、有力選手は広島市などの強豪校に進学する傾向があった。「選手が集まるか分からないのに、野球部に金を使っていいのか」。創部当初、そんな批判も市内部から出た。

 だが、練習熱心なチームの姿や、3年目で県8強入りした実績などが周囲の見る目を変えた。今では練習場に市民らが見学に訪れ、食べ物や用具を差し入れてくれるほど親しまれる存在となった。

 呉市は昨年末以降、戦時中の呉市を舞台にしたアニメ映画「この世界の片隅に」の大ヒットで全国の注目も集め、地元の盛り上がりは最高潮だ。選手たちに胴上げされた中村監督は「うれしくて涙が出そうだった。甲子園で感動を与える試合をしたい」と話した。【竹下理子、大森治幸】

毎日新聞のアカウント

8月17日の試合

話題の記事

関連サイト