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第89回選抜高校野球

工大福井 初出場の記憶/4止 「練習信じ、君たちらしく」 1976年春8強、OBがエール /福井

第48回選抜高校野球大会の雑誌や写真を見て当時をふり返る敦賀武美さん=越前市蓬莱町で

 <センバツ2017>

     1976年の第48回選抜高校野球大会準々決勝・崇徳(広島)戦で、福井(現・福井工大福井)は八回2死後、敦賀(旧姓・嶋崎)武美さん(58)のバットから待望の初ヒットが生まれた。崇徳のエース・黒田真二投手の完全試合達成は阻止したが、その後得点を挙げられず、4-0でゲームセット。福井の春の終わりを告げるサイレンが甲子園に響き渡った。

     5番打者だった笹島欣見(よしみ)さん(58)は「黒田の球には手も足もでなかったなあ」と実感を込めて話した。

     試合後、選手らが応援団の待つ一塁側アルプススタンドに向かって整列し、一礼すると、「よく頑張った!」「また来いよ!」と温かい声援が返ってきた。笹島さんは「あの時は、甲子園を去るのがさみしかった」とふり返る。

     球場を後にする際、誰も甲子園の土を持って帰らなかった。「『夏にまた戻ってくる』と皆思っていてね。持って帰ると、来られない気もしたから」と、敦賀さん。その年の夏、福井は再び甲子園の土を踏んだ。

       ◇  ◇

     一塁手として活躍し、現在は羽水の野球部監督を務める八力(はちりき)昌輝さん(57)は「甲子園に出場して、野球人として手本となる責任感が持てた。指導者となった今、当時の経験が強く生きている」と話す。後輩には「今年のチームは決勝までいける力がある。強い思いで勝ち上がってほしい」とエールを送る。

     控え投手から敦賀市の運送会社営業マンとなった清水恵二さん(57)は「甲子園に出るチームは同じ高校生。難しく考えず、まずは1勝してほしい」。金沢市でNTT西日本のグループ会社に勤める笹島さんは「甲子園で目立つのも、のまれてしまうのも自分次第。今までの練習を信じて」と応援する。

     越前市職員の敦賀さんも後輩に応援メッセージを寄せた。「僕たちは甲子園に出場する過程でものすごい練習に耐えた。今でもつらかった練習を思い出せば、何でもできると思える。勝ちを意識せず、自分たちの野球をしてほしい。甲子園で校歌が聞ける日を楽しみにしている」=おわり(この連載は立野将弘が担当しました)

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