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高校野球・新世紀

第3部 生き残り懸けて/3 「市立校に活気」起爆剤

今年3月に完成した屋内練習場でトレーニングに励む明石商の野球部員と指導する狭間監督(右)

 体育館のような広さに、床にはドーム球場のような人工芝が敷かれている。明石商(兵庫)に今年3月、明石市の予算で屋内運動場が整備された。「気温が低いと投手はまともに投げ込みができないのでありがたい」。明石商で指揮を執り11年目を迎えた狭間善徳監督(53)は感謝した。

 明石商は、戦後復興と産業の発展を願う明石市民の思いをくんで1953年に設立された市立校。しかし、近年は普通科志向の高まりのあおりを受け、活気が薄れていた。そんな中、目をつけたのが高校野球だった。市は2005年、明石商野球部の監督を公募した。当時、明石市長だった北口寛人・兵庫県議(52)は「県立校に負けないぐらい魅力ある市立校に変えたかった」と振り返る。

 全国からの応募者7人の中から、明徳義塾中(高知)で全国制覇4回の実績を持つ狭間監督が採用された。狭間監督による厳しい練習と、照明設置など市の支援によって、野球部は次第に力をつけていった。夏の選手権兵庫大会で15年から3年連続準優勝。16年にはセンバツ初出場を果たしたうえ、8強入りの快挙も成し遂げた。

 野球部の成長と足並みをそろえるかのように、学校にも活気が出始めた。かつては定員維持にも苦しんだが、商業科推薦入試の倍率が1・84倍まで伸びた年もあった。橋本浩二教頭は「目的意識を持った生徒が増え、野球部を起爆剤に他の運動部も活気づいた」と言う。

 今春、センバツ初出場した呉(広島)も呉市の市立校だ。前身の呉豊栄は女子の教育機会拡大のための家庭科専門校だったが、98年に男女共学となって再スタート。しかし、男子の入学が少なく、生徒確保に苦戦していた。女子校のイメージを変えようと07年、野球部を創部した。

 当時の小村和年市長(70)は「地元にいい選手がいても、みんな市外の私学に行っていた。応援で地域の気持ちが一つになれるのが高校野球」と支援を確約。尾道商(広島)を3度甲子園に導いた中村信彦監督(62)を招いた。呉市から54年ぶりの甲子園出場へとつながった。

 両校に共通するのは市内ただ一つの市立校という点だ。それだけに、多くの高校がある都道府県ではできないような思い切った施策を集中的に行うことができた。高校野球を起爆剤にする市立校の挑戦に、今後も注目だ。【浅妻博之】=つづく

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