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駆け抜けた1世紀

センバツ90/4 第62回大会(1990年) 三重 あきらめぬ心学ぶ

青木久典さん(現法政大監督)

 <2018 第90回記念選抜高校野球>

     「一塁へ走れ! 走れ!」。1990年の第62回大会1回戦。三重高の監督は、神戸弘陵に3点リードされて迎えた九回表、空振り三振と思われた打者に必死で叫んでいた。

     バットは空を切るもボールはワンバウンドで捕手ミットに。振り逃げは成功し、後続の主将、青木久典さん(44)=現法政大監督=の同点本塁打、そして8強進出につながる。

     あきらめなければ道は開ける--。紆余(うよ)曲折をたどる、青木さんの野球人生の出発点となった。

    第62回大会の1回戦三重-神戸弘陵九回表1死二、三塁。青木さんは同点3ランを放ち、チームはその後8強に進出しめた

     80年代にPL学園の桑田真澄、清原和博両選手の「KKコンビ」を見て甲子園にあこがれた。バブル経済真っただ中で、三重高の関係者は「企業や個人から1000万円以上の寄付が集まったと思う」と振り返る。

     用具はほとんど新品。青木さんは「甲子園出場記念のスパイク、そして行進専用スパイクまであった。今は大学でさえそんなものはない」と苦笑する。

     法大に進んで現日本代表監督、稲葉篤紀さんらチームメートの打撃力を目の当たりにし、「井の中のかわずだったと思い知らされた」。けがもあってレギュラーに入れずプロから声はかからなかった。それでも三重高関係者のつてで95年4月、北海道拓殖銀行の野球部に入った。

     拓銀はバブル崩壊で不良債権が膨らみ、当時から赤字転落やリストラ計画などが公表されていた。だが「会社員として野球ができる」と夢中になり、報道は気にならなかった。

    経営破綻の記者会見に臨む北海道拓殖銀行の河谷禎昌頭取(左から2人目)=1997年11月17日、石井諭撮影

     入部半年あまりの11月、札幌市の本店会議室に監督と部員ら約30人が集められた。部長が「残念だが来年の都市対抗で休部になる」と切り出す。「移籍できるのか」と問い詰めるベテランの悲痛な声で、重苦しい空気に包まれたのを覚えている。2年後、拓銀は経営破綻。他にも金融機関の大型倒産が重なった。企業チームはピークだった63年の237から半分近くまで減り、冬の時代だった。

     「自分は若い。どこでもやれる」。ユニホームを着続けた。移籍したホンダ鈴鹿で戦力外となり、次のサンワード貿易(札幌市)で「運命的出会いがあった」。プロの西鉄では鉄腕・稲尾和久投手とバッテリーを組み、西武や阪神の2軍監督も務めた和田博実助監督(2009年死去)にボールの握り方一つから理論的指導を受け、目からうろこが落ちた。

     緻密な野球を知らず才能を開花できない選手に教えられないか。04年に引退後、岩手の富士大の監督に就任。全日本大学野球選手権準優勝など実績を上げ、母校に戻った。

     挫折の方が多い選手生活だったかもしれない。だが、日本が「失われた20年」と言われる間も野球を続けた。青木さんは言う。「原動力は、春の1回戦で学んだあきらめない心です」=つづく


     ▽1回戦

    三重   00000000301=4

    神戸弘陵 00000210000=3

     (延長十一回)

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