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駆け抜けた1世紀

センバツ90/5止 第84回大会(2012年) 石巻工 苦難の先の幸せ

2012年センバツの開会式で選手宣誓をする石巻工の阿部翔人主将=阪神甲子園球場で

 <2018 第90回記念選抜高校野球>

     球音と掛け声が絶えなかったグラウンドは、津波で押し寄せた黒い泥に覆われ、異臭を放っていた。2011年3月の東日本大震災から11日後、宮城県石巻市の石巻工。

     「お前ら、野球やりたいか?」。当時の監督、松本嘉次さん(50)が問いかけると、ジャージーと長靴姿で集まった野球部員は大声で即答した。「やりたいです!」。大人は大切なものをたくさん失った。しかし生徒には、甲子園の夢をあきらめてほしくない。「何と言われても一日も早く野球をさせる」。松本さんは腹を決めた。

     沿岸部の石巻市は被災市町村最多の約4000人が犠牲になった。部員は全員無事だったが、自宅が被災したり、親類や親友を亡くしたりしていた。各地で捜索が続き、主将だった黒川慎朔(しんさく)さん(24)は率先してグラウンド整備に当たりながら、「野球などしている場合か」と悩み続けた。

     答えが出ないまま、黒川さんたちは4月末、センバツ経験のある同じ宮城県の利府高と震災後初の練習試合に臨む。軽いキャッチボール、掛け声とモーションだけのノックしかできていなかったチームが、利府を8-10まで追い詰めてしまう。

     スタンドには、被災家屋の後片付けを引き受け、毎日快く練習に送り出してくれた保護者がいた。歓声を上げ、笑顔で拍手を送る姿を見た黒川さんははっと気付く。「野球をやっていてもいいんだ」

     石巻工はこの年の秋季県大会で準優勝し、翌年のセンバツに21世紀枠で初出場する。黒川さんの1学年下で主将を引き継いだ阿部翔人さん(23)は、選手宣誓の大役を担った。

     「苦難を乗り越えることができれば、その先に必ず大きな幸せが待っていると信じています」。宣誓には「あきらめない」「野球ができることに感謝」など、被災地で感じてきたことを盛り込んだ。

     優勝候補と目された神村学園(鹿児島)との初戦。4点を追う四回、阿部さんの安打で1点を返すと、打線がつながり5-4とリードを奪う。直後に逆転され敗れたが、全身全霊のプレーに「ありがとー!」と声が上がる。伝えたいことは伝えられたはず。阿部さんたちは涙をこらえながら甲子園を後にした。

     阿部さんは今、市内の別の高校で保健体育の非常勤講師をしながら、野球部監督を目指している。少子化、震災の影響などで地方大会への出場校数は減り、野球ができる環境は「当たり前」ではないと改めて感じている。

     ただ、こうも思う。「どんな状況でも思い切り野球をさせてあげたい。震災の時、大人たちが自分たちにしてくれたように」=おわり(この連載は青木純、山口知が担当しました)


     ▽1回戦

    神村学園 110250000=9

    石巻工  000500000=5

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