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真剣味

三重高野球のいま 2018春/下 親元離れ、苦労共有 部員の半数が寮生活 /三重

選抜旗の授与式で活躍を誓う定本拓真主将(中央)ら選手たち=松阪市久保町の同校で

 <第90回記念選抜高校野球>

     2014年夏の甲子園準優勝を機に、三重高には全国からの入部志望者が増えた。今も1、2年生だけでマネジャーを含めて部員数は97人。大会屈指の選手層の厚さを誇る。

     大阪府八尾市出身の定本拓真主将(2年)をはじめ、同市出身の好打者、梶田蓮選手(同)、大阪市出身の右腕、福田桃也投手(同)、岡山市出身の大砲、平井聖雅選手(同)ら数多くの県外選手が活躍する。

     ただ同校野球部に推薦枠はない。「野球だけをやっていればいいということはない。文武両道でなければならない」と小島紳監督(28)。全部員が受験に合格し、入部してきている。

     部員のうち約半数が寮で生活する。親元を離れた当時は慣れないことの連続だった。「両親のありがたみをひしひしと感じた」という定本主将は洗濯や身の回りの整理整頓に苦労した。「洗濯機を回すぐらいならできたが、洗い終わって干したり、取り込んで畳んだりするのが大変だとわかった」と実感を込める。

     食事面での苦労も絶えなかった。寮では土日曜は食事がない。選手たち自身で作ったり、外食したりする。梶田選手は「栄養のバランスを考えるのに苦心した」と振り返る。

     方言や文化の違いに戸惑う選手もいた。平井選手は「三重弁に慣れなかった」という。イントネーションが違うだけで「違う言葉に聞こえた」。それでも寮生同士で悩みや苦労を共有し、笑い話にしてきた。

     当初は「寂しいと感じる瞬間も時々あった」という定本主将も「学校のことや野球のことなど何でも話せるのは寮で長く一緒に生活してきたから。かけがえのない時間になった」とかみしめる。

     小島監督は「グラウンドの外での過ごし方が野球に影響する。まずは私生活が第一」という。練習中の選手の様子や、何気ない会話などで状態を把握し生活面も指導する。「親元を離れても生活できる力をつけ、野球も私生活も実りあるものにしてほしい」と願う。

     1969年春に県勢唯一のセンバツ制覇を遂げてから49年。曲折を経た長い歴史の延長線上に今の選手たちもいる。4月からは地域の要請に迅速に応えるため、学校法人梅村学園から独立し、運営主体を新設の学校法人三重高等学校に移す。それを節目に野球部も「初心に帰ろう」とユニホームを69年当時に似たデザインに変えた。

     4年ぶり13回目のセンバツ舞台。「紫紺の優勝旗を再び三重に持ち帰る」。選手たちは強い決意を胸に抱いている。【森田采花】

    〔三重版〕

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