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雑草魂

’19センバツ習志野 第1部・軌跡/上 10年ぶりの春 再起へ多難な夏 先輩の思い受け継ぎ /千葉

2018年夏の西千葉大会準決勝で敗退し、グラウンドを引き上げる習志野ナイン=千葉市美浜区のZOZOマリンスタジアムで加藤昌平撮影

 <第91回選抜高校野球>

     古谷拓郎投手(3年、千葉ロッテマリーンズ入団)はZOZOマリンスタジアム(千葉市美浜区)のマウンドに立ち尽くした。2018年7月25日、第100回全国高校野球記念西千葉大会準決勝の中央学院戦。5-5の延長十回裏、先頭打者へ投じた2球目の直球を左翼スタンドに運ばれた。歓喜する中央学院の輪の横で、習志野ナインは膝から崩れた。サヨナラ本塁打で夏が終わった。

     「頭が真っ白になった」。棒立ちの古谷投手の目に涙はなかった。試合後のロッカールームでは仲間のおえつや励ます声が聞こえた。部屋を出ると報道陣に囲まれて淡々と取材に答えた。チームのバスに乗り、習志野市内の練習場に戻る。後輩に明け渡すため、部室で道具を整理していた時に実感した。「自分たちの高校野球が終わった」。涙がこぼれていた。

     1967、75年に夏の甲子園を制した習志野。2009年春、11年夏以降は甲子園から遠ざかる。16年夏は県大会準決勝で敗退。17年夏は同決勝で1点差で敗れた。甲子園まであと一歩が届かず、古谷投手にとって最後の夏だった。「たった1球で夢の舞台を逃した」。敗戦後の練習場で流れ落ちる涙を拭い、後輩たちに言った。「絶対に甲子園へ行ってくれ」

       ◇  ◇

     中堅手として2年で唯一この試合に出場した根本翔吾主将(2年)は、古谷投手ら先輩たちの思いに責任を感じた。1点差の七回裏2死二塁で飛球を必死に追ったが、打球は頭上を悠々と越えた。同点の中越え適時打となった。「あの1球を取れていれば……」。試合終了後、立ち上がれずにいる先輩を抱えて整列に向かう時、自分のふがいなさを痛感していた。「絶対に甲子園に行きます」と力強く先輩に宣言した。

     「ランニングいくぞ。せーっ」。敗戦翌朝の練習場では、根本主将が新チームの先頭に立ち、声を張り上げていた。例年は新チームの練習開始時に選手全員でミーティングをして新主将を決めていたが、昨夏は開かれなかった。ランニングの様子を見た小林徹監督(56)が「何人かで交代しながら、やってみるといい」と声を掛けた。数日後、声掛け役が再び根本主将になるころには「自然と根本が主将だと思うようになっていた」(2年・竹縄俊希選手)という。根本主将は「サヨナラ負けをグラウンドで経験した自分がチームを引っ張って悔しさを晴らしたい」と練習で声を出し続けた。

       ◇  ◇

     8月1日、準決勝の敗戦から1週間がたち、チームは初の練習試合を迎えた。甲子園を目前で逃し続けた悔しさを胸に、「絶対に甲子園に行くぞ」と強い決意で臨んだ。西千葉大会2回戦敗退の昭和学院に4-0で勝利したが、小林監督は「(このチームを勝たせるのは)容易じゃないな」と感じた。投手陣は制球がままならず、打線からも快音が響かない。「打撃フォームは形にもなっていなかった」と苦笑交じりに振り返る。

     試合中の習志野スタンドでは「雑草魂」と記した旗が揺れる。私立のように各地から優れた選手は集まらない。投打の力が常に高いわけではない。頭を抱えた指揮官は試合後、慎重に言葉を選んで選手らに言った。「これは相当、頑張らないといけないぞ」。チームは習志野の校訓のように「雑草の如(ごと)く逞(たくま)しく」成長していく。

        ◇

     雑草魂を胸に、09年以来10年ぶりの選抜高校野球大会出場を決めたチームの軌跡をたどる。(この連載は秋丸生帆が担当します)

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