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センバツ平成の名場面

/22 第72回大会(2000年) 20世紀最後、東海大相模栄冠

初優勝が決まり、両腕を突き上げる東海大相模の筑川利希也投手と駆け寄る菊地一也捕手=2000年4月4日、金子裕次郎撮影

 2000(平成12)年の第72回大会では、過去に決勝で2度涙をのんだ東海大相模(神奈川)が「三度目の正直」で初めて紫紺の大旗を手にした。

     初めて決勝に進んだ1975(昭和50)年の第47回大会は金属製バットがセンバツ初登場。3番・三塁手に原辰徳内野手(元巨人)を擁した大型チームだったが、高知に延長十三回の末に屈した。92(平成4)年の第64回大会はラッキーゾーンが撤去された広い甲子園で帝京(東京)に1点差で敗れた。

     99(平成11)年秋の関東地区大会を制した東海大相模。1回戦で四国地区大会優勝の今治西(愛媛)に延長十回、相手投手の暴投でサヨナラ勝ちして勢いに乗った。2回戦の東洋大姫路(兵庫)戦、準々決勝の作新学院(栃木)戦を含め、エース・筑川利希也投手が3試合連続2桁奪三振の好投。準決勝で鳥羽(京都)に大勝して決勝に進出した。

     決勝の相手は、前年秋の近畿地区大会で初戦敗退しながら選出された智弁和歌山。準決勝までの4試合で40点をたたき出した強力打線を誇っていた。

     3日連投となった筑川投手は智弁和歌山に11安打を浴びたが、2失点で踏ん張った。同点の七回1死二塁のピンチで、3番・武内晋一内野手(元ヤクルト)、4番・池辺啓二外野手を打ち取り、九回2死後、走者2人を背負った場面でも武内内野手から再び三振を奪い、完投した。

     打線は6安打に抑えられながら、送りバントを5度成功。手堅い攻めで適時打を引き出して4点を挙げ、強豪対決を制した。=つづく


     ▽決勝

    智弁和歌山

      010001000=2

      11000002×=4

    東海大相模

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    4月3日の試合

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