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センバツ平成の名場面

/23 第73回大会(2001年) 21世紀枠、新風吹き込む

【宜野座4-2浪速】延長十一回表宜野座2死一、二塁から山城尚悟捕手の三塁打で二塁走者に続き嘉陽宗建内野手(右)も生還=2001年4月2日、小関勉撮影

 2000(平成12)年11月14日、選抜高校野球大会の臨時運営委員会で「21世紀枠」の創設が決まった。出場校の選考に実力以外の要素を持ち込み、新世紀となる01(平成13)年以降の高校野球に新風を吹き込んだ。

     21世紀枠は、困難な条件を克服して野球を続けている▽高校生の頑張りが学校・地域に元気を与えている▽過去数年、甲子園出場を逃したものの、あと一歩の善戦を重ねている--など多角的な視点から特色ある学校を選出する。00年9月に設置された「センバツ改革委員会」で7回の議論を経て新制度をまとめた。

     改革委員会では、従来の選考方法の問題点も指摘された。それらを解消し、甲子園と縁のなかった学校が甲子園を目指せる機会を増やすことにより、高校野球が活性化すると結論付けた。

     初めて導入された01年の第73回大会に21世紀枠で出場したのは、ともに甲子園未出場だった安積(あさか)(福島)と宜野座(沖縄)の2校。安積は学校創立、野球部創部とも県内最古の歴史を持ち、00年春の県大会で優勝。宜野座は地元の中学出身者を中心に00年秋の県大会を制し、九州地区大会でも8強入りした。

     34校が出場した甲子園で、安積は初戦の2回戦で金沢(石川)に敗れた。一方、宜野座は岐阜第一、桐光学園(神奈川)、浪速(大阪)を次々と破って準決勝に進出。宜野座は02年秋の九州地区大会で準優勝し、翌03年の第75回大会には一般枠で出場した。

     21世紀枠は創設当初は2校でスタート。08(平成20)年の第80回大会から3校に増枠し、現在に至っている。=つづく

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