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センバツ平成の名場面

/28 第75回大会(2003年) 先手必勝、広陵が頂点に

一回表、広陵の藤田真弘内野手が横浜の涌井秀章投手から先制の右越え2点本塁打を放つ=2003年4月3日、梅村直承撮影

 2003(平成15)年の第75回大会の決勝は、広陵(広島)が横浜(神奈川)を15-3で圧倒し、1991(平成3)年以来、12年ぶり3回目の優勝を果たした。決勝での15得点は、82(昭和57)年の第54回大会のPL学園(大阪)に並ぶ最多タイ記録(当時)。20安打は、69(昭和44)年の第41回大会の三重の17本を上回る新記録だった。

     甲子園での広島県勢のチームには犠打や盗塁を絡めた緻密な野球のイメージがあるが、この大会での広陵は過去のイメージとは一味違う思い切りの良さが光った。

     決勝の一回の攻撃。1番の上本博紀内野手(阪神)が安打で出たものの、2番・片山小次郎外野手の初球バントがファウルとなり、2球目に上本内野手が捕手からのけん制球にタッチアウト。好機が去ったかに見えたが、3球目を片山外野手が一塁線突破の三塁打とし、主将の3番・藤田真弘内野手の右越え2点本塁打につなげた。

     「(バント失敗は)バットを引いたつもりが当たってしまって。でも、すぐ切り替えました」と片山外野手。全5試合で先攻となった広陵はすべて先制し、うち4試合は一回に得点。中井哲之監督は「できないことをしかっても仕方ないし、思い切って攻撃的にやるしかないんです」と語った。

     横浜の涌井秀章投手(ロッテ)から成瀬善久投手(オリックス)につなぐ継投策を打ち砕き、大量援護をもらった西村健太朗投手(元巨人)が悠々完投した。横浜は春夏通じて5回目の決勝進出で初めて敗れた。=つづく


     ▽決勝

    広陵 202204023=15

    横浜 100100001=3

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    4月3日の試合

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