メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

センバツ平成の名場面

/41 第82回大会(2010年) 沖縄勢節目の50年、興南V

延長十二回1死満塁、興南の安慶名舜外野手の三塁ゴロが本塁への悪送球を誘い、三塁走者の幸良倫選手が勝ち越しの生還=2010年4月3日、大竹禎之撮影

 1960(昭和35)年に那覇が沖縄県勢として初めてセンバツに出場してから半世紀。2010(平成22)年の第82回大会は、前年秋の九州地区大会を初出場で制した嘉手納と共に県勢初の2校出場を果たした興南が、沖縄にとって節目の年を初優勝で飾った。

     日大三(東京)との決勝は5-5のまま延長にもつれ込む激闘となった。センバツ決勝の延長戦は平成最初の第61回大会(89年)の東邦(愛知)-上宮(大阪)以来。

     ドラマは十二回表、興南の攻撃で起きた。1死満塁で打者は途中出場の安慶名(あげな)舜外野手。打球は本塁併殺狙いで前進守備を敷いていた三塁の横尾俊建内野手(日本ハム)の前に転がった。横尾内野手は捕球した瞬間、荒れたグラウンドに足を滑らせ体勢が崩れた。懸命な本塁への送球はワンバウンドし、鈴木貴弘捕手のミットに収まらず転々(記録は三塁手の失策)。その間に2人の走者が生還した。興南は攻撃を続け、この回一挙5点。その裏を左腕・島袋洋奨(ようすけ)投手(ソフトバンク)が無得点に抑えた。日大三の強力打線に2本塁打を浴びながら、198球を投げ抜き、大一番をものにした。

     68(昭和43)年夏の甲子園で、主将と4番打者を務め、4強入りしている我喜屋優監督は試合後、「(選手には)絶対チャンスは来るから辛抱して待てと言い聞かせた」と語った。興南は10年夏の選手権にも出場し、決勝で東海大相模(神奈川)を破り、史上6校目の春夏連覇。深紅の優勝旗が初めて沖縄に渡った。=つづく


     ▽決勝

    興南

      000014000005=10

      021002000000=5

    日大三(延長十二回)

    毎日新聞のアカウント

    4月3日の試合

    話題の記事

    関連サイト