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輝け光星’19センバツ

/上 固い決意で「野球留学」 家族と別れここに集う /青森

練習の最後に室内練習場をダッシュする八戸学院光星の選手たち=青森県八戸市で、北山夏帆撮影

 <第91回選抜高校野球>

     「遠くまで来て何をやってるんだろう」。昨年11月、沢波大和選手(2年)は明治神宮大会の直前に右膝の半月板を損傷し、関西への修学旅行も行かずに一人治療に専念していた。八戸市にある八戸学院光星の野球部寮「青雲寮」。部屋にいると時折、むなしさが襲ってくる。だが、励ましてくれる家族はそばにはいない。それでも野球を続けるのは理由がある。

     奈良県出身。一人っ子で、父親は小6の時に病気で亡くなった。幼い頃、仕事から帰ってきた父親と空が真っ暗になるまでキャッチボールをするのが楽しみだった。小4からはボーイズリーグに所属。息子を投手に育てたいという父親の思いもあり、「プロ野球選手に」と夢を膨らませた。

     小5の2012年5月、父親が入院。今度は母親がフォームをビデオ撮影して病院の父親に送った。「体が開いているな」「もう少し体重をのせて」。電話口の声はいつも明るかった。最後のキャッチボールは小6の夏。どこで何と言ってくれたかは覚えていない。元気だった姿だけは覚えている。後で母親から「本当は体は相当つらかったんだよ」と聞かされた。

     フォームを見てくれた父親が他界し、野球への思いがぐらつきかけたこともある。だが、シニアリーグに所属していた中3の16年春、試合を見た光星OBに声をかけられた。「光星に来ないか」。その頃、光星は14年春夏、15年春、16年春と甲子園に出場していた。

     「甲子園に一番近い学校だ」。あこがれの舞台への思いが燃え上がった。母親に苦労をかけると悩んだ末に「光星に行きたい」と打ち明けると、母親は一言、こう言った。「甲子園の夢があるなら、自分の行きたいところに行きなさい」。翌年4月に伊丹空港で見送ってくれた母親の寂しそうな表情は今も忘れられない。

     「だから、けがしても腐れない。3年間頑張るって約束したから」

         ◇

     光星は関西などから集った“野球留学”の選手が約9割を占める。部員60人のうち、県内出身は2年生は6人で、1年生はゼロ。野球留学をめぐっては「就学の自由だ」という意見もあれば、「郷土の代表の戦いであるべきだ」という意見もある。ただ、光星の県外出身の選手は、沢波選手のように固い決意で“留学”を決めた選手ばかりだ。

     光星で活躍の場を得て、プロ入りの夢を果たした選手も多い。

     神奈川県出身で、卒業生の田城飛翔さん(20)は16年夏の甲子園に出場。その年のドラフトで、ソフトバンクに育成3位で入団した。県大会の開会式で「外国人部隊は帰れ」とヤジを飛ばされたこともある。だが、「一緒に生活を共にした仲間と勝ち上がっていくのが楽しかった。もう一回入学できるなら光星に入学したい」と言い切る。

     「東北の代表として、東北悲願の紫紺の優勝旗を持ち帰りたい」。武岡龍世主将(2年)はそう繰り返してきた。選手はみな、その思いを共有している。沢波選手は昨秋の県大会決勝でサヨナラ適時打を放つなど活躍。けがからも回復し、この春のセンバツの背番号もつかんだ。夢舞台は目の前だ。取材中、こう言った。「そう言えば、たまに球場で全然知らない地元の人に言われるんです。『頑張れよ』って」。照れくさそうで、うれしそうだった。【北山夏帆】

         ◇

     23日開幕の第91回選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)に出場する光星。グラウンドに集う選手の数だけ、夢もある。それぞれの夢にかける選手の姿を追った。

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