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輝け光星’19センバツ

/中 誰にでもチャンス 県外も県内も関係ない /青森

8畳に2段ベッドや洋服ケース、本棚などがひしめき合う八戸学院光星の寮の2人部屋。選手たちはここで暮らしながら絆を深める=青森県八戸市の野球部寮「青雲寮」で、北山夏帆撮影

 <第91回選抜高校野球>

     「バットを二度引きしたらあかん」。まだ雪深い冬のある日。八戸学院光星の室内練習場で、仲井宗基監督がネット越しに大声で叫んだ。仲井監督の目線の先にいたのは、昨秋の公式戦スタメンで唯一の県内出身、下山昂大選手(2年)。「バットの頭を動かしたらミートのタイミングが遅れる」。指示を聞いた下山選手はうなずいた。

     弘前市出身。中学生の時から「高校では地元の選手と技術面で差を広げたい」という思いがあった。そのためにはどこでプレーするかを考えた。「知っている人が一人もいない、県外選手の集まる所に行かなきゃだめだ」。選択肢は、光星しかないと思った。

     昨夏の甲子園では三塁手として出場。秋からの新チームでは投手も担う“二刀流”だ。だからこの冬はやることがいっぱいあった。平日は内野手、土日は投手中心に練習に励んだ。「両立は大変だが、光星にいる以上、打てる投手として結果を残さなければならない」

     コーチ陣や八戸学院大の正村公弘監督の助言も受け、フォームを確認しながら変化球のキレを磨いてきた。「チームにある能力は全部使って勝つ」と仲井監督は言う。二刀流として、下山選手は全国を戦い抜くためになくてはならない存在になっている。

         ◇

     下山選手のように県内の中学校から光星を選ぶ選手は決して多くない。「競争が激しいだけに、確実に試合に出られる他校の方が魅力的に映る」(県内の高校野球関係者)のも確かだ。ただ、昨夏の甲子園で光星のエースとして投げ、駒沢大に進学する八戸市出身の福山優希さん(3年)は「光星だから地元選手には出場機会がないと諦めるのは違う」と話す。

     福山さんは、現役時代、根っからの練習好きで知られた。2年生の春には球速は140キロを超え、憧れだった背番号1を獲得。最速145キロの直球と多彩な変化球は、夏の甲子園でも高い評価を受けた。「青森の人は関西の選手を上に見過ぎていると思う。同じ高校生なんだから、自分次第でどこまでもいける」

     今春のセンバツのメンバー(18人)には、県内出身者6人のうち半分の3人が選ばれた。「県外も県内も関係ない。『甲子園』の目標に執着し、努力できる選手なら誰にでもチャンスはある」と、小坂貫志部長は言う。

     県内出身者で、光星からプロに行った選手もいる。六戸町出身で1997年に光星を卒業した洗平竜也さん(40)は、軟式野球の出身だったが、光星では1年生の夏から投手として登板。3年間で球速を20キロ近く上げ、142キロの速球派としてプロの注目を集めた。東北福祉大を経て2000年に中日ドラゴンズを逆指名し2位で入団。「下半身の強化などを含め、プロ行きに必要な土台は光星だったから身につけられた」と振り返る。

     既に関西入りした光星は、13日の練習試合で奈良の強豪・天理と対戦。下山選手は六回に三塁手からマウンドに上がり、4イニングを2安打4奪三振無失点に抑えた。「苦手だった左打者も内角を突けた。センバツを前に自信につながった」と手応えを感じている。悲願の東北初の紫紺の優勝旗を目指す光星。県内出身の選手の活躍なしに、トーナメントを勝ち上がることはできない。

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