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主将の石川に前回優勝をスタンドから見た父の教え「控えのサポートあってこそ」

三塁側アルプス席で東邦ナインを応援する石川昂弥投手の父尋貴さん(中央)=兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で2019年4月3日、高井瞳撮影
【習志野-東邦】最後の打者を内野ゴロに打ち取り笑顔を見せる東邦の石川昂弥投手=阪神甲子園球場で2019年4月3日、幾島健太郎撮影

第91回選抜高校野球決勝 ○東邦6-0習志野●(3日・甲子園)

 最後の打者を三塁ゴロに打ち取った瞬間、チームの大黒柱はマウンドで両手を突き上げた。主将を務め、主軸も任された東邦(愛知)の石川昂弥(たかや)投手(3年)は、同校野球部OBで第61回大会の「平成最初の優勝」をスタンドから見守った父の言葉を胸に刻み、仲間を信じて9回を投げ抜いた。

 父尋貴(ひろたか)さん(47)は1987年、東邦野球部に入った。グラウンドや坂道を延々と走り、グラブがボロボロになるまでノックを受け、厳しい練習に耐えたが、背番号を受け取ることはできなかった。

 長男の石川投手が生まれると、父はおもちゃ代わりに軟式ボールを与えて遊ばせた。3歳からは自宅前でキャッチボールや素振りもするようになった。一度教えれば、すぐに自分のものにできる息子の吸収力に驚いた。

 小学校に進むと、地元の軟式野球チームに入り、父がコーチを務めた。「野球の基本を教えてくれたのは、お父さん」。石川投手の思いは、今も変わっていない。高校は、迷うことなく両親の母校を選んだ。

 父が息子に技術を指導したのは小学生までだったが、その後も言い続けていることがある。「控えのサポートがあって野球ができている。感謝を忘れるな」。毎週末、父は息子の練習を見に訪れ、けがをした選手を病院に連れて行ったり、グラウンドのネットが破れると補修したりと裏方を買って出る。

 2本の本塁打を放ち、相手打線を完封したこの日の主役は、試合後にチームメートへの感謝を忘れなかった。「ヒットになったと思った打球も、みんなが捕ってくれた」

 歓喜のアルプス席。父は、マイクを向けられたエースを見守った。記者に感想を問われると、笑顔で少し辛口の言葉を口にした。「もっとマネジャーや、応援する部員のことも言ってほしかったな」。30年前の春、自分が立てなかったグラウンドの中心にいる息子に、伝えてきた言葉は届いたと感じている。【高井瞳】

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