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「野球の神様はいたね」 難病と闘い交流試合へ 鳥取城北・阪上陸投手

センバツ交流試合に向け、練習試合で登板する阪上陸投手=鳥取市の鳥取城北高グラウンドで2020年8月3日午後1時45分、野原寛史撮影

 兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で10日開幕する「2020年甲子園高校野球交流試合」(日本高校野球連盟主催、毎日新聞社、朝日新聞社後援)。第1日の第2試合に登場する鳥取城北のエース・阪上陸投手(3年)は、難病と闘いながら夢の舞台にたどり着いた。「いいことも悪いこともあるが、頑張れば誰かが見ている。野球を諦めなかったから、野球の神様が甲子園の夢をかなえてくれた」

入院2カ月、体重20キロ減

 兵庫県出身。小学時代から全国大会で活躍し、中学では強豪シニアチームの中心選手に。しかし2年だった16年末、高熱が3週間続き、尿細管間質性腎炎と診断された。練習でけがをした際、処方された鎮痛剤の副作用が原因だった。

 腎機能が低下し、日焼けに弱くなったため医師から野球を諦めるよう勧められ、車椅子に座って途方に暮れた。入院は2カ月に及び、体重は20キロ減。薬で胃が荒れ、血が出るまで吐いた。甲子園常連の強豪高への進学も考えていたが、諦めるしかないと思った。

制限付きの練習参加で進学

 そんな阪上投手を受け止めてくれたのが鳥取城北の山木博之監督(45)だった。「ハンディがあってもいい」と、制限付きの練習参加を前提に進学が決まった。毎日薬を飲み、月1回は学校を休んで大阪府内へ通院する。「チームに迷惑をかけてばかり。甲子園に出ることで恩返ししたい」。奮起した昨秋の中国大会は3試合で好投してチームは準優勝。センバツ出場を決める原動力になった。

 新型コロナ禍によるセンバツ中止、さらに夏の甲子園も中止となり、闘病を支えてくれた両親に「今まで野球をやらせてくれてありがとう」と区切りの感謝を伝えた。ところが6月10日にセンバツ交流試合の開催が決定。その晩、「奇跡が起きたな」と無料通信アプリ「LINE(ライン)」で連絡してきた父雄司さん(52)に、こう返事した。「野球の神様はいたね」

 病状は徐々に改善しているが「もっとつらい思いをしている子を病院で何人も見て、野球ができるのは当たり前じゃないと気づかされた」という。甲子園ではチームや家族への感謝だけでなく、「病気の人たちに勇気を与えられる、堂々とした投球をしたい」と意気込む。【野原寛史】

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