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絶叫型から独創型へ 甲子園、選手宣誓の歩み センバツ交流試合

選手宣誓する花咲徳栄の井上朋也主将(左)と大分商の川瀬堅斗主将=阪神甲子園球場で2020年8月10日、平川義之撮影

 甲子園での選手宣誓は1929(昭和4)年、夏の選手権大会で慶応商工(現慶応)の黒崎数馬主将が行ったのが初とされる。センバツも翌30年の第7回大会で、台湾から初出場した台北一中の三瀬三則主将が初の宣誓。当時の大阪毎日新聞は「われ等はスポーツ精神に則り正々堂々戦はんことを誓ふ」と宣誓したと報じている。

過去の全国大会で話題になった選手宣誓

東日本大震災直後のセンバツ「生かされている命に感謝」

 その後は紋切り型のフレーズを絶叫する宣誓が長く続いたが、84年夏の選手権で福井商・坪井久晃主将が「若人の夢を炎と燃やし」などの独創的な言葉を用いて好評を博すと、凝った選手宣誓が主流に。センバツでは第59回大会(87年)で京都西(現京都外大西)の上羽功晃主将が英語での宣誓を試み、第70回大会(98年)では同校の三好剛主将が手話付きで行った。

 大会直前に東日本大震災が発生し、開催が危ぶまれた2011年の第83回大会では、創志学園(岡山)の野山慎介主将が「生かされている命に感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います」と、被災者への思いを込めた選手宣誓を行い、感動を呼んだ。【岸本悠】

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8月17日の試合

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