青森山田、最後まで力走 男子29位、女子38位 /青森

毎日新聞

 男子第69回・女子第30回全国高校駅伝競走大会(毎日新聞社、日本陸連、全国高体連など主催)が23日、京都市の西京極陸上競技場を発着点に開かれた。男女アベック出場した県勢の青森山田は、ともに想定したレース運びができなかった。男子は3区で30位と上位から大きく離され、巻き返しを図ることができず2時間9分4秒で29位。7年ぶりの入賞はかなわなかった。女子は1区が55位と流れに乗れず、1時間12分37秒で38位と振るわなかった。【岩崎歩】

 ◆男子

想定外のレース

 入賞に期待がかかっていたが、選手の故障もあり想定したレース展開を作れなかった。

 1区(10キロ)でエースの田沢廉主将(3年)は序盤から先頭集団に。だが中盤から足の痛みなどで思うような走りができず、自身も想定外の15位だった。2区(3キロ)の中嶋光柾選手(2年)は焦りから前半で攻めすぎてスタミナが持たず、順位を四つ落とした。

 3区(約8キロ)は右足にけがを抱えるステファン・カマウ選手(3年)。前半で3人抜いたが、ラスト2キロで足の痛みがピークに。足を引きずり力走したが30位で、4区(約8キロ)の青木洸生選手(1年)につないだ。青木選手は「自分が取り返す」と序盤からハイピッチの走り。26位まで順位を上げた。

 5区(3キロ)の敦賀優雅選手(2年)も順位を一つ上げ、6区(5キロ)の成田龍之介選手(2年)は順位をキープ。7区(5キロ)の田高永輝選手(2年)は中盤で2人を抜く意地を見せたが、29位でフィニッシュした。

 ◆女子

流れ取り戻せず

 1区で出遅れたまま流れを取り戻すことができず、終始苦しいレースを強いられた。

 「成長株」と期待されていた1区(6キロ)の布施日女花選手(2年)は、左足の痛みを感じながらも序盤は先頭集団で粘った。だが、「足が動かなかった」と、徐々にペースを落とし55位でたすきをつないだ。

 昨年に続く2区(約4キロ)のエリザベス・ジェリー選手(2年)は巻き返しを図ろうとペースを上げ、16人抜きで順位を39位まで押し上げた。3区(3キロ)は初出場の佐々木萌那選手(1年)。大舞台におじけず、得意の上りコースを果敢に攻め、順位をさらに四つ上げる力走を見せた。

 「残り2キロで仕掛ける」と話していた4区(3キロ)の加藤玲那選手(2年)だが、終盤粘りきれずに順位をキープしたままアンカーにつないだ。

 今年最後の都大路となる5区(5キロ)の福村来夢主将(3年)。「みんなの思いを背負う」と前半はペースを上げて攻めたが、後続の追い上げを振り切れず、38位でフィニッシュした。


もっと走れる選手に 青森山田・田沢廉主将(3年)

 レース前、「区間賞で流れを作る」と仲間に伝えた。だが、中盤から右足と脇腹が痛み出し、先頭集団に後れを取った。結果は区間15位。思い通りの走りはできなかったが、レース後は「自分に課された試練」と前を向いた。

 陸上は中学から始めた。ただ、中3の全国大会決勝では最下位。全国の壁を前に「強くなりたい」と、親元を離れた環境で、ひたすら陸上と向き合った。

 高校では走り込むだけでなく、外国人選手のフォームを学び吸収。5000メートルのタイムは中学時に比べ1分以上も縮み、全国トップレベルの実力に。「下から追われる立場」になったが、エースの重圧に潰されることもなく、今大会を迎えた。

 3年間の集大成。結果に悔いは残るが、「駅伝は何が起きるか分からないという怖さを知ることができた」。大学進学後の夢は、出雲、箱根、全日本大学駅伝の大会にエースで出場し、優勝に導くこと。「この悔しさを糧に、もっと走れる選手になる」と誓った。

仲間に「ありがとう」 青森山田・福村来夢主将(3年)

 「3年間をアンカーで締めくくれる。ゴールテープを切れるのは監督のご褒美かな」。レース前、そう話していた。だが、厳しい順位でたすきを受け取り、挽回のため前半にペースを上げすぎ、後半踏ん張れなかった。それでも、ラスト400メートルは力を振り絞り、加速する意地を見せた。

 この3年間、つらいことばかりだった。中学から始めた陸上だが、元々は短距離の選手。高校から長距離に転向したが、なかなか苦手意識を克服できず、「気持ちの弱さ」も走りに見え隠れした。

 練習では疲れが出た時点からペースを上げて自分を追い込むなど工夫した。大会で良い記録が出れば、もっと走りたくなり、気付けば、長距離が苦ではなくなっていた。

 今大会初めて務めたアンカーだったが、順位を三つ落とし悔しい結果に。だが、出せる力は出し切った。「この学校で陸上を続けてきてよかった。ありがとうを言いたい」。最後は仲間や監督への感謝の言葉を口にした。