女子・立宇治、粘りの7位 京都光華、健闘31位 男子・洛南、雪辱9位 /京都

毎日新聞

7位でフィニッシュする立命館宇治の村松灯選手=京都市右京区の西京極陸上競技場で、小出洋平撮影

 全力で駆け抜けた3校の都大路--。23日、西京極陸上競技場(京都市右京区)を発着点として実施された男子第69回、女子第30回全国高校駅伝競走大会(毎日新聞社、日本陸連、全国高体連など主催)。府勢は男子の洛南が2時間5分38秒の9位で、昨年の45位から大きく順位を上げたが、2年ぶりの入賞にはわずかに手が届かなかった。女子の立命館宇治は1時間8分20秒で2年連続入賞となる7位に入った。10年ぶり出場の京都光華は1時間11分53秒で31位だった。【矢倉健次、大東祐紀】

 ◆女子

全力尽くして入賞

 昨年と同様の見事な追い上げで、立命館宇治は女子最多の入賞回数を22まで伸ばした。1区の桶谷南実主将(2年)は追走集団の中で好位置を保っていたが「自分としてはぎりぎりだった」という。最後の急な上り坂で次第に遅れ、15位で中継点へ。「目標より30秒ぐらい遅かった。何もできなかった」と唇をかんだ。それでもトップから1分以内の差で上位争いに踏みとどまった。

 2区の三原梓選手(1年)は「とりあえず全力で順位を上げようと思ったが、落ち着いていた」。コースが平坦(へいたん)になる中盤から本領を発揮し、留学生を除けば区間2位の走りで四つ順位を上げた。唯一の3年生で初めて都大路に挑んだ高橋栞奈(かんな)選手は上り下りが連続する難しい3区を「上級生の意地を見せられた。自分でも驚いた」という区間2位の好タイムで走り抜け、入賞圏内の7位まで浮上した。「来年は自分たちで優勝と言えない立場なのが残念だが、下級生に思いを託したい」と納得の様子だった。

 昨年と同じ4区を任された三原環選手(2年)は「妹(梓選手)と高橋さんの走りに勇気をもらった」。下りになる残り1キロでギアを切り替え、経験を生かした走りでさらに一つ順位を上げた。アンカーの村松灯選手(1年)は「競り合いながら上がっていきたかったが、前との差が縮まらなかった。でも楽しかった」。予選から自身は1分40秒タイムを縮め、7位でフィニッシュ。メンバー全員が力を出し尽くす姿がすがすがしかった。

京都光華、健闘31位

フィニッシュ地点に向けラストスパートをかける京都光華の吉田志織選手=京都市右京区の西京極陸上競技場で、大東祐紀撮影

 目標に掲げた20位以内は届かず31位に終わったが、府予選(1時間13分33秒)、近畿高校駅伝(1時間11分56秒)の記録を更新。枚田茉優主将(3年)は「一人一人が1秒でもタイムを縮めようと頑張った結果」と胸を張った。

 都大路は全員が初めての舞台。緊張感が漂う中、「笑顔でタスキをつなごう」を合言葉にレースに臨んだ。1区の枚田主将は中盤まで30位台だったが、ラスト1キロからスパートをかけ、29位で中継点へ。枚田主将は「悔しいけれど、光華での最後の駅伝を楽しめた」と振り返った。

 2区の木下茜選手(3年)は順位を落としたが、「レース内容を覚えていないぐらい必死に走った。全力は尽くせた」と満足そう。3区の猪阪幸花選手(3年)に「頑張れ」と声をかけながらタスキをつなぐ。猪阪選手は1人に抜かれたが、中盤過ぎから波に乗った。持ち前の粘り強い走りで逆に4人を抜き去り、順位を30位に上げる。

 4区の藤岡美羽選手は唯一の1年生。塚田佳孝監督が「勢いがあって上り調子」と抜てきした。「上級生の分まで全力を出し切る」と2人に抜かれたものの、大舞台にも動じなかった。5区の吉田志織選手(3年)は沿道の京都光華応援団の声援を受け、「力が出た」とラストスパートをかけ、1人を抜いてフィニッシュした。

 「夢見ていた舞台で走れたことが何よりうれしい」。レース後のメンバーは声を弾ませ、笑顔がはじけた。

 ◆男子

成長、飛躍へ手応え

 洛南にとっては手応えと無念さが交錯する結果となった。

9位でフィニッシュする洛南の諸冨湧選手=京都市右京区の西京極陸上競技場で、小出洋平撮影

 1区で区間賞争いが期待された三浦龍司選手(2年)は、後半の上り坂でペースアップしたライバルについていけず、目標より約30秒遅いタイムで9位と出遅れ、「全然だめ。結局は力不足。またトラックでスピードを鍛え直す」と悔しさをかみしめた。

 予想外の順位でたすきを受けた2区の盛本聖也主将(3年)は、スピードを生かした自分の走りを貫き区間4位タイと奮闘。9位は変わらなかったが「声援が力になった」と納得の走りだった。だがきつい上りの3区で若山岳選手(3年)が二つ順位を落とす。「2年間けがもあって思うように走れなかったので、初の都大路は楽しかった。自分の力以上にコースが難しかった」という。

 下りの4区で赤星雄斗選手(2年)は「スピードに乗れなかった。どんな順位でも流れを変えなければいけないのに」と反省しきりだったが、一つ順位を上げ、再び入賞圏に迫った。5区の若林宏樹選手(1年)は「プレッシャーで体が動かなかった。あと10秒速く走りたかった」と悔しがりながらも順位を維持。終盤に入った6区の寺井望選手(3年)は「最初で最後の都大路だったので、自分の走りだけに集中した」。抜いたり抜かれたりはあったものの順位は変わらなかった。

 7区のアンカー諸冨湧選手(2年)は昨年、レース直前に体調を崩し、3区を走り終えた後は救急搬送され、チームの不振に最も責任を感じていた。雪辱を期した気迫の走りで1人を抜いたが、入賞には19秒及ばなかった。「結果がすべて。夏以降いい成績が続いて目標を8位から3位に上げたが、これが『入賞はできるだろう』という甘い考えにつながっていたかもしれない」と来年に向けた巻き返しを誓っているかのようだった。

 それでも盛本主将は「主要区間の選手をはじめとする一人一人が成長して笑顔で終われた」と話し、さらに飛躍するための手応えを感じていた。

〔京都版〕