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縄文の暮らし、なぜわかる?

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貝塚跡かいづかあと調しらべたり、炭素原子たんそげんし測定そくてい

 Q 縄文時代じょうもんじだいなど大昔おおむかしひとものらしがどうしてわかるの?(東京都府中市とうきょうとふちゅうししょう6 西村朋伽にしむらともかさん)

 A 縄文時代じょうもんじだい研究けんきゅうは1877(明治めいじ10)ねん、アメリカの学者がくしゃモースが、いま東京都とうきょうとにある大森貝塚おおもりかいづかで、むかしひとてたかいがらや動物どうぶつほねなどを発掘はっくつしたことからはじまります。縄目なわめ文様もんようのついた土器どきつかり「縄文じょうもん」の名前なまえがつきました。

 東京都埋蔵文化財とうきょうとまいぞうぶんかざいセンター(東京都多摩市とうきょうとたまし)の松崎元樹まつざきもときさんによるとその各地かくちでさまざまな土器どきつかり、山内清男やまのうちすがお戦前せんぜん考古学者こうこがくしゃは、まっていた地層ちそう土器どき特徴とくちょうから早期そうき中期ちゅうきなど時期じき型式けいしき分類ぶんるいし、土器どき新旧関係しんきゅうかんけいがわかりました。

 貝塚かいづかてられたものからものがわかるほか、地面じめん調しらべると、はしらあと四角しかくえんかたちならんでいたりして、住居じゅうきょかたちがつかめます。土器どき破片はへんからかたち文様もんよう分類ぶんるい比較ひかくすると、時期じき地域ちいきによってことなる特徴とくちょうがあり、とおくの集落しゅうらく交流こうりゅうがあったこともわかります。ただ、いまから何年前なんねんまえのものか、戦前せんぜん科学的かがくてき裏付うらづける方法ほうほうがなく、縄文時代じょうもんじだいはじまりはヨーロッパなどでつかった土器どき石器せっきとの比較ひかくから紀元前きげんぜん3000ねんごろとかんがえられていました。

 ところが1950ねんに、動物どうぶつ植物しょくぶつ形作かたちづくっている炭素原子たんそげんしひとつを調しらべる方法ほうほう炭素たんそ14年代測定法ねんだいそくていほう)を、アメリカの学者がくしゃリビーがつけました。炭素たんそ14が放射線ほうしゃせんしながらべつ物質ぶっしつ変化へんかし、もとりょう半分はんぶんになる期間きかん半減期はんげんき)がまっていることに注目ちゅうもくします。土器どきいたすすなどにふくまれる炭素たんそ14のりょうはかると、土器どき使つかわれた時期じきからどのくらいたったか、わかるのです。1990年代ねんだいにはごく少量しょうりょうのすすでも計測けいそくできる方法ほうほう(AMSほう)ができ、いまはその方法ほうほうと、ふる年輪ねんりん変化へんかがかりに調しらべる「年輪年代法ねんりんねんだいほう」をわせ、より正確せいかく年代ねんだいさぐるそうです。

 その結果けっか縄文時代じょうもんじだいは、定住ていじゅうして狩猟しゅりょう採集さいしゅうものらしが1まん2000年以上ねんいじょうつづいたことがわかりました。自然しぜん上手じょうずにつきあう高度こうど文化ぶんか発達はったつした時代じだいとして世界せかいでも注目ちゅうもくされています。【大和田香織おおわだかおり

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