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疑問氷解

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黒板の色はなぜ緑なの?

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ひかり反射抑はんしゃおさえやすく

 Q 黒板こくばんいろは、なぜみどりなのですか?(奈良県香芝市ならけんかしばしちゅう1・石田彩乃いしだあやの

 A 黒板こくばん歴史れきしくわしい全国黒板工業連盟ぜんこくこくばんこうぎょうれんめい北村勝也きたむらかつやさんにきました。

 明治時代めいじじだい日本にっぽんでは、寺子屋てらこやで「塗板とばん」とばれるちいさないた使つかって授業じゅぎょうをしていました。1872ねん東京とうきょう師範学校しはんがっこう先生せんせい養成ようせいする学校がっこう)が開校かいこうしたさいに、スコットさんというアメリカじん先生せんせいがアメリカから現在げんざい黒板こくばんんだとわれています。このとき黒板こくばんくろで、英語えいごの「blackブラック boardボード」が直訳ちょくやくされて「黒板こくばん」とばれるようになりました。その師範学校しはんがっこう卒業そつぎょうした生徒せいとたちによって、黒板こくばん全国ぜんこく学校がっこうひろまっていきました。

 みどり黒板こくばん昭和しょうわはじめごろから使つかわれはじめたとわれています。連盟れんめいほんには、太平洋戦争たいへいようせんそうまえ茨城県いばらきけんにあった海軍かいぐん航空部隊こうくうぶたいでは緑色みどりいろ黒板こくばんしか使つかっていなかった、という証言しょうげんっています。

 なぜみどり使つかわれはじめたのか、はっきりした理由りゆうはわかりません。みどりにはこころ効果こうかがあることや、つかれにくいとわれていることと関係かんけいがあるようです。

 その、1945ねん戦争せんそうわってからみどり黒板こくばん使つか学校がっこうえ、定着ていちゃくしていきました。いま小学校しょうがっこうでは1クラスに30にんほどですが、戦後せんごは「ベビーブーム」といってたくさんのどもがまれて、1クラスに60人近にんちかくがいる「すし教室きょうしつ」だったことが関係かんけいしています。

 最前列さいぜんれつどものつくえ教卓きょうたくにくっつくくらいまえていました。最前列さいぜんれつはしほうだと、まどからのひかり黒板こくばん反射はんしゃして黒板こくばんひかってえ、文字もじめなくなってしまいます。くろよりもみどりのほうがひかり反射はんしゃおさえ、チョークのしろえやすいので、みどり黒板こくばん普及ふきゅうしていきました。

 また、黒板こくばん塗料とりょうで、天然てんねん材料ざいりょうから緑色みどりいろすのがむずかしかったのですが、技術ぎじゅつすすんでみどりしやすくなったことも、みどりひろまりを後押あとおししました。

 いま黒板こくばんいろもさまざまで、みどり、グレー、こんくろなどがあります。【斎藤広子さいとうひろこ

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