「そのとき阿部くんがね、『お母さんはほめてくれたもん』って言って、森山くんが『マザコンだ、キモ!』って言ったの。そしたら阿部くんが『ふざけんな!』って言って、飛びかかって」
「で、どうなったの?」
母がこちらを見た。やっと、フライパンのナスから視線をこちらに向けた。
「なんとね……」
少しもったいぶって間をあけた。母の目が、わたしにぐっと集中する。
「阿部くん、泣いたの」
「あらら」
なーんだ、といった表情。母はまたナスをかき混ぜ始めた。話の「オチ」を言ったつもりだったけど、つまらなかったかな……。
「で、阿部くんが『お母さーん!』って泣きながら森山くんをたたいたの。そしたら森山くんが『うっせーよマザコン!』ってたたき返して。また阿部くんが、『お母さーん!』ってたたいて。それを何回もポカスカ繰り返して、終わらないの!」
母はプハッと噴き出した。よし、ウケた。
ほんとうはそんなこと、阿部くん言ってないけど。そもそも、泣いてもいないのだけど。
テーブルにナスの炒め物を並べ、兄も部屋から出てきた。三人で「いただきます」をして、コップにお茶を注いだとき、
「さっきお前、話にうそを盛ってただろ」
兄がボソッと言った。
ドキンと胸に痛みが走る。わたしは聞こえなかったふりをして、無視してご飯を食べた。
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『もうちょっとだけ子どもでいよう』には、小学生の咲と、中学生の光の二人姉妹が出てきます。家族、恋、友達、学校など、日常の悩みは絶えません。長女の光は度々、ラジオにお便りを投稿するのですが、いつも作り話を書いています。初めは、長年会えていなかったお母さんに会いに行く話や、妹をやけどさせた話など。ラジオのパーソナリティーは小説のように人を引き込む光のお便りを、どんどん紹介していきます。やがて光のうそはエスカレートし、おじいちゃんとおばあちゃんを庭に埋めた、というおそろしいことまで書いてしまいます。
誰かを傷つけるうそはいけません。根も葉もないことを言って信用してもらえなくなる場合もあります。でも、うその話を作ること自体は、心の逃げ場だったりします。
わたしの周りの大人たちは「作り話をするって、ものすごく大切なことだよね」と言う人ばかりです。
人を楽しませようという気持ちや発想力は、大人になってから役に立つこともあります。
うそをついているあなた。自覚さえしていれば、きっと大丈夫。あまり自分を責めすぎないでくださいね。
『もうちょっとだけ子どもでいよう』
岩瀬成子・著
理論社 1677円
エッセイストの華恵さんが、本にまつわる思い出や好きな本を紹介します