校庭の隅の花壇で、モンシロチョウの幼虫を見つけた。ペンキで塗ったかのように、ぺったりとした緑。きれいに線対称の黒い点模様。ほれぼれする。体を縮めたり伸ばしたりする幼虫を、そっと手にのせ、ジーパンのポケットに入れた。よし、みんなに見せよう。
ドッジボールをしているクラスの友達のところへ、走って行った。
「見て、幼虫だよ!」
ドッジボールに集中している男子たちも、外野にいる女子たちも、ちらりとこちらを見るけど、ふーんと言うくらいで、反応が薄い。よし、実物を出して見せよう。そう思ったとき、嫌な予感がした。
ポケットの中に幼虫を入れて走ったのだ……つぶれているにちがいない。ごくりとつばを飲み込んで、ゆっくりポケットをのぞくと。
幼虫は、いなかった。
逃げたのか。それとも、ポケットに入れたつもりで、落としたのか。それとも、あの幼虫は、夢……?
お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る中、小学2年生のわたしはぼうっと立ちつくした。
4年後。わたしはそれを思い出すことになる。
「私は好きな人の手を強く握りすぎる。相手が痛がっていることにすら気づかない」
母が、借りるのをずっと渋っていた『恋愛中毒』。わたしひとりで行ったときに、こっそり借りてきてみた。
強く握りすぎるって、なんだか大人っぽい表現。わたしも、大好きな幼虫を、潰したことがあった。いつか好きな人を傷つけてしまうことも、あるのかな。
そんなことをぼんやりと考えた。
母が買い物に行っている間や、友達と電話している隙を見て、ピアノの練習や勉強をしているふりをして、お尻の下に隠したこの本を取り出した。「どうして大人は、何人も恋人をつくるの?」「どうして、好きな人にひどいことをしてしまうの?」とあきれたり、憧れたりした。
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そして、今年。27歳になったわたしは、またしても図書館で『恋愛中毒』を見つけ、久しぶりに読んでみました。
小学生の頃に感じたドキドキ感は、すっかりなくなっていました。「こういうこと、大人の世界にはあるよね」「恋愛に夢中になりすぎて、人に迷惑をかけることってあるよね」なんて思いながら、内容がするする入ってくるのです。
そして、例の一文を読んだとき。
確かにわたしは、大切な人を強く握りすぎるところがある。そう納得して、ため息がでました。
小学校の頃に大人にかくれて読んだからこそ、この本は何度もわたしの胸に響きます。
『恋愛中毒』
山本文緒・著
角川文庫 679円
エッセイストの華恵さんが、本にまつわる思い出や好きな本を紹介します