「ハッブル・ルメートルの法則」に
19世紀後半、米国が驚異的な経済発展を遂げて出現した桁違いのお金持ちの中に、巨大な天体望遠鏡を建設する夢を持つ人々がいました。そして1917年、カリフォルニアのウィルソン山に当時世界一の望遠鏡(口径100インチ=約2.5メートル)ができました。その大望遠鏡を使って、エドウィン・ハッブル(写真1)が遠い銀河を観測し、「宇宙が膨張している」という発見をしたのは1920年代の末でした。
この頃にはすでにロシアの若き数学者アレクサンドル・フリードマンが、アインシュタインの一般相対性理論を解き、「宇宙は膨張も収縮もする」という数学上の解を導いていました。しかし、この頃のアインシュタイン自身は、自分の作った方程式から出ているその結論は数学上のものであり、現実の宇宙が実際に膨張するはずがないと信じていました。
当時アインシュタインは、生まれ故郷のドイツから米国に移り、ニューヨークで研究していました。ハッブルの観測した事実をどうしても疑問に思い、1932年、学会でカリフォルニアに来た際、ウィルソン山天文台に足を運び、自分の目で望遠鏡をのぞき(写真2)、ハッブルからも熱心に説明を聞き、徹底的に議論をした結果、「仕方がない、宇宙は膨張している」とつぶやいたと言います。
アインシュタインに、「静止した宇宙」という考え方を捨てさせ、ビッグバン理論の先駆となったこの大発見は「ハッブルの宇宙膨張」と呼ばれています。ところが、ハッブルの発見の数年前から、ジョルジュ・アンリ・ルメートルというベルギーの天文学者(写真3)が、やはりアインシュタインの理論に基づいて「宇宙が膨張している」という論文を立て続けに発表していたのです。しかも宇宙が特異点から始まったというビッグバン理論のもとになるアイデアも示していました。また、ルメートルは、今日ハッブル定数と呼ばれる膨張速度を決める定数も計算し、宇宙年齢を100億~200億年と推定しています。この値は現在の最新の観測から得られた「138億年前」という値と見事に整合しています。ただ、ルメートルの論文は、フランス語で書かれていた上、掲載されていたのは知名度が低い学術誌だったので、ハッブルの発表の陰に埋もれる形になってしまったのです。
こうした事情から、今年8月にオーストリア・ウィーンで開催された国際天文学連合(IAU)総会で、「ハッブルの宇宙膨張の法則」を、「ハッブル・ルメートルの宇宙膨張の法則」に変更しようという提案がなされ、圧倒的多数の支持で、この新名称を推奨すると発表しました。今後は広くこの呼び方が用いられることになるでしょう。
的川泰宣さん
長らく日本の宇宙開発の最前線で活躍してきた「宇宙博士」。現在は宇宙航空研究開発機構(JAXA)の名誉教授。1942年生まれ。
日本宇宙少年団(YAC) 年齢・性別問わず、宇宙に興味があればだれでも団員になれます。 http://www.yac-j.or.jp
「的川博士の銀河教室」は、宇宙開発の歴史や宇宙に関する最新ニュースについて、的川泰宣さんが解説するコーナー。毎日小学生新聞で2008年10月から連載開始。カットのイラストは漫画家の松本零士さん。