中学3年生の春。去年まで仲良かった貴子はこっちのクラスへ「いっしょに帰ろ!」と終礼後にやってくる。あの気高くて、人とは群れない貴子が。でも、それを言う相手は、わたしではない。詩織だ。
二人は小学校のころから一緒にいたらしい。新しいクラスにまだ慣れないとき、貴子は必ず、詩織と帰るようだ。わたしは、詩織に貴子をとられたような、いや、もともとずっととられていたかのような、変な感じがした。それからは、詩織が気になって仕方なかった。
詩織は、髪をアイロンで薄く伸ばしていて、はやりのダボッとしたセーターを着ていて、スカートからのぞく足が細くてかわいい。いつも、どこか力の抜けた泣き目のような顔で笑う。そしていつも誰かが隣にいる。
ある日、詩織が女子たちと輪になって話していた。
「いーれーて!」
わたしが近寄ると
「はぁいって!」
詩織が返してきた言葉に驚いた。「入れて」と言ったら「いいよ」だろう。「入って」なんて初めて聞いた。
かなわない。詩織は、心の底から優しいのだ。
素直に、詩織と仲良くなりたくなった。
しかし、夏休み明け。
詩織は、学校に来なくなった。
誰もが戸惑った。もちろんいじめなんてなかったし、貴子でさえ理由を知らないようで、少し沈んで見えた。
考えてみると、詩織は何に対しても、こだわりや頑固さが全くなかった。それが、どこか大人に見えたのかもしれない。
詩織にとって、大切なものはなんだったのだろう。あっても、その話は、誰にもできなかったのかな。
わからないけど。
詩織は、春の卒業まで、学校へ来なかった。
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「おしまいのデート」は、いろんな「最後」の話が出てくる短編集です。突然転校する友達、亡くなってしまう先生、ペットとの別れ。どの「最後」も、ふいにやってきます。
ただ、ラストの1編だけは、始まりの話なのです。
読み終えた時、不思議な気持ちになりました。
「終わり」と同じように「始まり」に向かう時も、それに気付いていないことが多いのかもしれません。
詩織のことを思い出した今のわたしは、何の終わりと、何の始まりに向かっているのか。自分でもわかりません。でも、終わりばっかりじゃないんだ、と思うと、少し気持ちは軽くなります。
平成はもうすぐ終わります。でも、2019年はまだ、始まったばかりです。ふいにやってくることもあるだろうけど、一つ一つ、受け止めて行きましょう。
『おしまいのデート』
瀬尾まいこ・著
集英社文庫 475円
エッセイストの華恵さんが、本にまつわる思い出や好きな本を紹介します