華恵の本と私の物語

/30 おしまいのデート

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 中学ちゅうがく年生ねんせいはる去年きょねんまで仲良なかよかった貴子たかこはこっちのクラスへ「いっしょにかえろ!」としゅうれいにやってくる。あの気高けだかくて、ひととはれない貴子たかこが。でも、それを相手あいては、わたしではない。詩織しおりだ。

 二人ふたり小学校しょうがっこうのころから一緒いっしょにいたらしい。あたらしいクラスにまだれないとき、貴子たかこかならず、詩織しおりかえるようだ。わたしは、詩織しおり貴子たかこをとられたような、いや、もともとずっととられていたかのような、へんかんじがした。それからは、詩織しおりになって仕方しかたなかった。

 詩織しおりは、かみをアイロンでうすばしていて、はやりのダボッとしたセーターをていて、スカートからのぞくあしほそくてかわいい。いつも、どこかちからけたのようなかおわらう。そしていつもだれかがとなりにいる。

 ある詩織しおり女子じょしたちとになってはなしていた。

 「いーれーて!」

 わたしが近寄ちかよると

 「はぁいって!」

 詩織しおりかえしてきた言葉ことばおどろいた。「れて」とったら「いいよ」だろう。「はいって」なんてはじめていた。

 かなわない。詩織しおりは、こころそこからやさしいのだ。

 素直すなおに、詩織しおり仲良なかよくなりたくなった。

 しかし、夏休なつやすけ。

 詩織しおりは、学校がっこうなくなった。

 だれもが戸惑とまどった。もちろんいじめなんてなかったし、貴子たかこでさえ理由りゆうらないようで、すこしずんでえた。

 かんがえてみると、詩織しおりなにたいしても、こだわりや頑固がんこさがまったくなかった。それが、どこか大人おとなえたのかもしれない。

 詩織しおりにとって、大切たいせつなものはなんだったのだろう。あっても、そのはなしは、だれにもできなかったのかな。

 わからないけど。

 詩織しおりは、はる卒業そつぎょうまで、学校がっこうなかった。

  + + + +

 「おしまいのデート」は、いろんな「最後さいご」のはなしてくる短編集たんぺんしゅうです。突然とつぜん転校てんこうする友達ともだちくなってしまう先生せんせい、ペットとのわかれ。どの「最後さいご」も、ふいにやってきます。

 ただ、ラストの1ぺんだけは、はじまりのはなしなのです。

 えたとき不思議ふしぎ気持きもちになりました。

 「わり」とおなじように「はじまり」にかうときも、それに気付きづいていないことがおおいのかもしれません。

 詩織しおりのことをおもしたいまのわたしは、なんわりと、なんはじまりにかっているのか。自分じぶんでもわかりません。でも、わりばっかりじゃないんだ、とおもうと、すこ気持きもちはかるくなります。

 平成へいせいはもうすぐわります。でも、2019ねんはまだ、はじまったばかりです。ふいにやってくることもあるだろうけど、ひとひとつ、めてきましょう。


『おしまいのデート』

瀬尾せおまいこ・ちょ

集英社文庫しゅうえいしゃぶんこ 475えん


 エッセイストの華恵はなえさんが、ほんにまつわるおもきなほん紹介しょうかいします

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