「結婚おめでとう! 祝ってなかったね」
いいよ、とひろみは遠慮がちに笑う。
何年か前にひろみと知り合ったころ、浮気性の彼にいつも怒っていたが、その彼と今年、結婚したらしい。
「彼のお母さんとはどう?」
以前、彼のお母さんが目も合わせてくれない、と話していたことがあった。
「それがね……」
結婚前、彼に誘われて軽井沢の別荘へ泊まりに行ったときのこと。早朝、チャイムが鳴った。彼を起こそうとしても、びくともしない。慌てて玄関へ向かうと、寒すぎて、体が震えた。窓の外には雪が積もっている。急いで客間のソファにある毛布をかぶって玄関に出た。
「すると、彼の伯母さん、つまり彼のお母さんのお姉さんが立っていたの」
えー!とわたしは声を上げた。毛布をかぶって伯母さんの前に立つなんて。彼といっしょに寝ていたのか!と怒られそう。
「その逆だったの」
伯母さんはひろみを見て、笑い出したと言う。
「後から聞いたら、彼の前の彼女にも、何回か同じ場面に出くわしたことがあったらしいの」
そのときは、チャイムを鳴らしても、出てくるまでにかなり時間がかかった。そして、出てくると、メークをばっちりしていたり、口紅が濃かったりしたらしい。でも、ひろみは、玄関先にいる人を待たせてはいけないと思い、パジャマに毛布という恥ずかしい格好で出た。人のためにとっさに急いで動こうとする、ひろみらしい行動だ。
その後、伯母さんが彼のお母さんと話し、ひろみは結婚相手として認められた。
「どこで親のOKが出るかわからないものだね」
「本当だね」
その後、結婚式直後に妊娠がわかった。でも、その子は流れてしまった。ひろみは自分を責めたが、彼のお母さんと伯母さんは誰よりそばにいてくれたと言う。
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「本日は大安なり」は、結婚式場のある一日を描いた本です。花嫁が、自分とそっくりのふたごの姉と入れ替わり、自分の夫がそれに気づくかを試していたり、既婚者なのに、浮気相手と結婚式をあげようとしている男性がいたり。いろんな気持ちが交錯しています。
でも、隠しごとや誤解が、とある大きなトラブルをきっかけに露呈されていくのです。まさかの展開ではあるものの、ひょんなことで何かが解決したり、人の気持ちが変わったりするってリアルかも、とも思わされました。
遠い将来のこと、と思っているそこのあなた。自分の好きな人を家族に紹介する日は、意外とすぐにやってくるかもしれませんよ。
『本日は大安なり』
辻村深月・著
角川文庫 691円
エッセイストの華恵さんが、本にまつわる思い出や好きな本を紹介します