この日もふざけて連絡してみた。
「見て、この人ネットにこんなこと書いてる。この発言、アウトだよね!」
恋話も仕事の話もできる兄貴的な太田君。いつも想像を超える面白い返しで笑わせてくれる。
返事がきた。憲法21条の「表現の自由」の文章の画像だけが、送られてきている。ネットからもってきたのだろう。その手間を想像して笑いをこらえながら、また返信を書く。
「人を批判する表現の自由だってあるもんね」
返事が……こない。
「私、口が立つもので。困らせたかな?」
少しおちゃらけてみた。すると。
「けんか売ってるのか冗談なのかわからないこのやりとり、すごく不快」
……ジョーク? ではなさそう。なにか、嫌なことでもあったのかな。
さっぱりした性格の太田君のことだ。すぐに普通に戻るだろう。そう思ったが。
翌週の友人たちのご飯会に、太田くんは来なかった。何しているのかなと思ってSNSを開くと、太田君はすべてのアプリで私のフォローを外していた。
なにこれ。あれだけのことで、ここまでキレる? じわじわと怒りがこみ上げた。夜になると眠れず、悲しみも押し寄せてきた。
数日間、私は考えに考え、メールを書いた。「次はどんな返しがくるかな?と試すようにしつこく連絡していたかも。ごめんね」
夜、返信がきた。「オレの都合でいやだと思うことを押し付けるのも違うから。合わないってだけだと思う。謝ってもらう必要はない」
謝罪は、突き返された。
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「噛みあわない会話と、ある過去について」は、気付かないうちに嫌われた人が、そのことを何年もたってから告げられる短編集です。
例えば小学校の女性教師。昔の教え子のお兄さんが有名アイドルになり、テレビ番組の企画で学校を訪ねてきます。女性教師は、彼と知り合いであることを周りの人からうらやましがられますが、会ってみると、「ぼくのことを、当時はパッとしない子だったって、あちこちで言ってるって本当ですか?」と冷ややかに言われます。そして、弟が先生によっていかに傷ついていたかを聞かされ、記憶の食い違いに混乱していきます……。
もしかして私も、思いもよらないことで太田君に嫌われたのかもしれない。ふと、そう思いました。
嫌われた理由を教えてもらえないのはつらいものです。
でも、私だって嫌な思いをして、それを相手に伝える気にならないことはあります。
人間関係って……正解がない。だから面白いし、時に、難しいですね。
『噛みあわない会話と、ある過去について』
辻村深月・著
講談社 1620円
エッセイストの華恵さんが、本にまつわる思い出や好きな本を紹介します