アームストロングの奮闘
いったんお休みにしていたアポロ11号の話を再開しましょう。
相次ぐアラームにもかかわらず、船長のアームストロングとオルドリンの乗った月着陸船「イーグル」が、ついに最終降下に入りました。管制官を率いるクランツがチームを静まり返らせました。「静かにしよう……ここからは、音を出してよいのは燃料噴射だけだ……」
炎が下向きに噴射され、イーグルの速度が落ちました。アームストロングが、危険いっぱいの任務に当たります。月面はすぐそこにあり、彼は着陸船を手動で飛行させなければなりません。キーボードに「進行」と入れました。コンピューターは直ちに降下の作業を助けます。オルドリンが、コンピューターの表示を読み上げてバックアップし、アームストロングは、自分の目と神経を飛行だけに集中させました。
着陸船の中にいる2人は、椅子がありません。立ったままで操縦しているのです(写真1)。2人は三角形の窓を通して月の表面を観察しました(写真2)。これまで何度となく訓練を繰り返してきたため、2人にとって着陸予定地点は自分の家の近所と同じくらいおなじみになっていました。そして2人はほとんど瞬間的に、ここが予定の地点でないことに気づきました。
「何てこった!」。イーグルは、着陸地点を6キロ以上も行き過ぎてしまっていたのです。アームストロングは、せり上がって来る月面をにらんでいました。彼の指は、手動桿の握りを強くしたりゆるめたりし、イーグルは秒速3.6メートルで下降しています。逆噴射の出力をちょっと上げ、速度を秒速2.7メートルに落としました。
管制センターでは、恐れと期待を抱きながら、月面に近づきつつある声に聴き入っています。オルドリンが着陸用レーダーを見ながら、膨大な数字を読み上げています。
アームストロングは窓の外を見てハッとしました。イーグルが向かう先に、サッカー場ほどの大きさのクレーターと岩場が見えています。
「避けなければ!」。その瞬間、彼は「姿勢維持」モードに切り替えました。誘導コンピューターが自動操縦で降下速度をコントロールする間、アームストロングが水平方向の速度をコントロールしてクレーターを回避しました。コンピューターと人間の、息のピタリと合った二重奏。「オーケー、良さそうな場所がある! 行くぞ!」
人類史上最初の月面へのばく進が、クライマックスを迎えました(図)。(つづく)
的川泰宣さん
長らく日本の宇宙開発の最前線で活躍してきた「宇宙博士」。現在は宇宙航空研究開発機構(JAXA)の名誉教授。1942年生まれ。
日本宇宙少年団(YAC)
年齢・性別問わず、宇宙に興味があればだれでも団員になれます。 http://www.yac−j.or.jp
「的川博士の銀河教室」は、宇宙開発の歴史や宇宙に関する最新ニュースについて、的川泰宣さんが解説するコーナー。毎日小学生新聞で2008年10月から連載開始。カットのイラストは漫画家の松本零士さん。