今月4日、東京都千代田区の毎日ホールで「哲学から始まる2020」を開催しました。2014年春に始まった毎小の連載「てつがくカフェ」が30日(一部地域31日)に300回を迎える記念のイベントです。東京都内や遠くは愛知、大阪、沖縄などから親子30組が参加。筆者の哲学者と哲学対話を楽しみました。
この日は「てつがくカフェ」の筆者のゴードさん、コーノさん、ツチヤさん、マツカワさん、ムラセさんの哲学者5人が勢ぞろい。イラストレーターの熊谷理沙さんはその場で絵を描いてくれました。
みなさんを前にマツカワさんこと松川絵里さんが対話を深めるポイントを説明しました。
「一番大事なのは考えることです。考えるために話したり、聞いたりします」
あれ? 対話なのに話すのも聞くのも「考えるため」というのはどういうことでしょうか。マツカワさんは続けました。「考えることが、哲学です。話を聞いてもやもやしたり、いろんな考えを発見したりすると、自分の考えがはっきりします。そして、もっと考えたくなる。対話を楽しめば楽しむほど、考えるのが上手になります」
さらに「使ってみたい七つのコトバ」の説明もありました。ほかの人が話したことをよく理解するために「それってどういう意味?」「どうしてそう思うの?」「たとえば?」などと聞いてみようという提案です。
ここで低中高学年の三つのグループに分かれ、円を作って座りました。各グループに哲学者が1人ずつ加わりました。対話のファシリテーター(進行役)です。大人で進行役ですが、子どもたちと対等な立場で話します。今回は、何について話し合いたいかという「問い」選び自体を「問い」として楽しみました。
そこにはお父さんやお母さんの目はありませんでした。大人は大人で対話をしたからです。「今日話してみたいことは?」と進行役の松川さんや、ゴードさんこと神戸和佳子さんに尋ねられ「思い浮かばない」などと困っている大人もいました。
子どもたちは、自分が考えた「問い」を紙に書いたり、発言したりして、自由に問いを出していきました。さて三つのグループはどんなテーマを選んだのでしょう。
低学年 「なんで命があぶなくても 人はチャレンジするのか」
「人はなぜピンチになったときに生き抜こうとするのか」「なんで小学校は宿題があるのか」など、あっという間に問いが集まった低学年グループ。進行役はムラセさんこと村瀬智之さんでした。最後は多数決で「なんで命があぶなくても人はチャレンジするのか」が選ばれました。
警察や消防などの例から「大勢の人の命を守るため」という意見が出ました。「たくさんの人の命に価値があるのはどうしてか」「別の理由で命をかけることはあるか」といった疑問が投げかけられるうちに「『大勢の人の命』の中になぜ自分は入らないのだろう」というさらなる問いが浮かんできたところで時間切れとなりました。
村瀬さんは「僕ももっとしゃべりたかったと思うほど、みんながよく発言をしました。続きを聞きたかった」と残念そうでした。
中学年 「いじめはなんで起こるの?」
各自が紙に書いた問いを床に並べ、眺めながら選びました。「なんで弟に気を使わなければならないのか」も人気がありましたが、決選投票で「いじめはなんで起こるのか」に。進行役のツチヤさんこと土屋陽介さんが「この問いで話し合うのがつらい子はいない?」と確認した上でスタートしました。
いじめが起きる理由については「集団の中に強い子がいる」「友達がいっぱいいると人間関係がこじれる」などが挙げられました。先生に「いじめではなく遊びでしょ」と取り合ってもらえなかったという経験が語られ、テーマは「大人が役に立たないなら、どうしたらいじめはなくせるのか」に。「クラス分けをやめたら?」「リーダー禁止にする」などの意見が出ました。
対話の後、参加者の一人は「今日はいじめの話をして、空気がどんよりしてしまうのかなと思ったけれど、話をしているうちにいじめの話のはずなのにどんどん面白くなってきて、不思議でした」と感想を寄せてくれました。
高学年 「お金がなくなったらどうなるの?」
高学年は紙に問いを書いた上で、その問いを話したい理由を一人一人説明しました。その上で多数決を取り、選ばれたのが「お金がなくなったらどうなるの?」。この問いを書いた人は「貧困問題をどうにかしたい。お金があるから貧富の差があるのではないか。なくなったらどうなるのか」と考えたそうです。
進行役のコーノさんこと河野哲也さんがみんなに聞きました。「これ、いくらで買ってくれますか」。これとは、毎日新聞のキャラクター「なるほドリ」のぬいぐるみです。哲学対話では、ぬいぐるみやコミュニティーボールと呼ぶ毛糸玉を持っている人が発言します。発言を終えたら、次に話したい人に渡します。この日は「なるほドリ」がその役目を果たしていました。
なるほドリの価値を一人ずつ聞いてみると50~2000円とばらばらでした。物の価値は人それぞれと実感すると「物々交換は可能なのか」「お金はなくても、いいものをたくさん持っている人は裕福になるのか」といった新たな問いが生まれました。
対話を深めるために使ってみたい七つのコトバ
(1)~ってどういう意味?
言葉の意味をはっきりさせよう
(2)どうしてそう思うの?
理由を考えよう
(3)たとえば、どういうこと?
例を探そう
(4)それって、本当?
思い込みがないか確かめよう
(5)それはいつでも何にでも当てはまる?
一般的かどうか考えよう
(6)どうやってその考えにたどり着いた?
考えの道筋を振り返ろう
(7)もしもそうなら、どうなるかな?
実際とは異なる場面を想像してみよう
=「こども哲学ハンドブック」(アルパカ刊)より
対話を終えて
最後は大人も一緒に、各グループのテーマと面白かった意見を報告し合いました。子どもたちの選んだテーマに大人たちが驚いていました。
そしてイベントは終了。「まだ話したかった」という声も聞かれました。そのためか、帰り道も考え続けたり、夕食の時間に家族と対話をした人も多かったようです。後日、お父さんやお母さんにその後の様子を教えてもらいました。
「正解のない話し合い」が自由で楽しく、時間が足りなかったという感想がいくつもありました(ごめんなさい)。帰り道や自宅で「続き」を楽しんだ人もいました。その日の夕食時に家族で対話をして盛り上がり「それぞれの考え方を確認して充実した時間を過ごせた」という報告もありました。
新たな問いが浮かんだ人も多かったようです。小5の辻涼子さん(静岡県)は「哲学と考えることは何がちがうの?」。妹で小2の知里さんは、低学年の問いのテーマから「命がけで人を助けたいと思うかどうかは自分の感情が決める。人にはなぜ感情があるの?」と考え始めました。
小5の瀬尾真緒さん(愛知県)は、子どもが「正しい」と発言をするとき、自分自身が本当に正しいと考えているのではなく、大人や社会のものさしではかって「正しい」と発言するなどとその日の対話を振り返っていたそうです。真緒さんのお母さんは「何だか急に目覚めちゃったような、大人になったような感じでした」と話しました。
やってみてどうだった?
終了後のアンケートに書かれていた感想を一部紹介します。
一人一人考え方がちがうから、話し合うのが面白いのだなと思いました。(小6男子)
家でも話してみようと思いました。(小5女子)
自由に自分が思ったことを言えて、とても楽しかったです。知らない子と意見を言えて、新鮮でした。(小5女子)
仲を深めてから始めれば発表しやすい。(小5男子)
緊張したけれど話してみれば緊張が解けた。(小3女子)
話せば話すほど疑問が増えていって楽しかったです。ちょっと時間が少なかったです。(小4男子)
哲学は自分から遠いものだと思っていましたが、身近に感じました。(小4男子)
また開かれたら来たいと思いました。みんなの意見を聞いて、自分の意見が変わったところもありました。(小2男子)
哲学と聞くと難しそうだったけれど、考えるだけでいいんだと知ってびっくりした。(小2女子)