早急な取り組みが必要
今日は、格差と不平等の話をしましょう。
スイスのダボスで毎年1月、世界の経済リーダーが集まる会議「世界経済フォーラム」があります。その直前、国際NGO(非政府組織)「オックスファム」が、格差について報告書を出しました。それによると、世界のトップ1%の大金持ちが持つ資産(貯金や株、土地や家など)は、世界の人口約77億人中69億人が持つ資産の、なんと2倍であることが分かりました。
高等教育で拡大
国連の報告書によると、世界では10人中7人が格差が広がりつつある国で暮らしています。子どもの保健や基礎教育では不平等が小さくなっていますが、高等教育では大きくなっています。給料などの所得の格差は史上最大です。地域的には、アフリカとラテンアメリカで最も大きいですが、1990年代に比べると小さくなりつつあります。一方、日本など先進国と、人口の多い中国とインドでは所得格差が広がりつつあります。
昨年末に出された国連開発計画(UNDP)の報告書は、格差や不平等を分析しています。貧しい家に生まれた子とお金持ちの家の子の環境が最初から異なるように、格差はしばしば人が生まれる前から始まり、生涯を通して蓄積していきます。女性差別も格差を生む大きな要因です。いい保健・医療サービスが得られるかどうかの格差は、健康や寿命の格差を作ります。高等教育を受けられるかどうかの差は、新しい技術を習得できる人とそうでない人を生み、それが所得の格差につながります。格差は世代を超えて受け継がれるだけでなく、21世紀にはより広がる可能性が高いのです。
オックスファムの報告書は、この傾向が始まっていると示しているようです。グローバル化と人工知能(AI)やサイバー技術などが、21世紀には新しいビジネスを生んでいくからです。多くの国で速いスピードで、最も豊かな層の所得と資産の蓄積が進んでいることがうかがえます。日本では自己責任と個人の努力が強調されることが多いですが、格差はすでに個人の努力では解決できない状況にあると、国際社会では考えられています。
世界の安定を揺るがす
1月22日、国連のグテレス事務総長は、人類の進歩を危うくする四つの脅威について説明しました。それは(1)核兵器を含む平和と安全への脅威(2)気候危機(3)世界中に巻き起こっている人々の政治不信(4)新技術の悪用、です。そして政治不信の背景に格差拡大があると指摘しました。世界中の国々で大きなデモが行われ、その共通点は格差に対する怒りといら立ちです。格差の問題はすでに私たちの世界の安定に大きな影響を及ぼしはじめているのです。そして深刻な格差が、社会を破壊することは歴史的に明らかです。
さて、どうすればいいのでしょうか。どの分析も「格差と不平等は減らせる」としています。ただし、いくつか重要なポイントがあります。まず早急に取り組むこと。経済格差が、政治的権力の格差になってしまうと、金持ちが自分たちに有利な政策ばかりを作ることになり、必要な政策が決められなくなってしまうからです。オックスファムは、各国政府は国民の1%ではなく99%の利益になる政策をと呼びかけています。例えば世界的に見れば、最も豊かな1%の人たちの資産に、10年間税金を0・5%追加でかけるだけで、教育、医療、高齢者介護などで1億1700万人の雇用を生み出すことができるお金が得られるそうです。
もう一つのポイントは、根深い社会規範(こうあるべきだという考え方)を見直して、格差につながる根本的な要因を取り除くことです。つまり、お金の流れだけでなく差別や不平等や、政治権力のかたよりも考えなければいけません。
ダボス会議では、格差解消のために、これまでは株主に利益をもたらすのが第一だった資本主義を見直そうという話が出ています。働く人や環境、社会全体に利益をもたらす新しい資本主義にしよう、との議論が始まっているのです。
中満泉さん[国連事務次長]
1963年生まれ。アメリカの大学院を経て89年に国連入り。難民保護や国連平和維持活動、核兵器禁止条約の採択などのために働いてきた。著書に児童書「危機の現場に立つ」など。