対話と勇気と信念を
あっという間に1年がたちました。1年間コラムを読んで、安全保障や軍縮、人道問題、気候変動や差別の問題などたくさんの難しいことを私と一緒に考えてくれて、ありがとう。
1回目のコラムに、21世紀の世界は地球規模でさまざまなことが起こる「地球時代」に入った、と書きました。新型コロナウイルスはまさにそう。世界のどこかで始まった問題が、瞬く間に身近な問題になるのが地球時代。これからしばらく、世界は協力してこのウイルスと闘わないといけません。感染データをきちんと公表し、研究成果を共有しながら、冷静に協力するのが重要です。そして最も被害を受けやすい、立場の弱い人たちのことを考え、支援しなければなりません。そうすれば私たちの世界はどんな危機にも対応できると信じています。
身近なことから
新型コロナウイルスもそうですが、地球時代の難しい課題に取り組み、地球をより良いところにするための秘けつは何でしょうか? 私は世界の問題も、ごく身近な家庭や学校、社会の取り組みから変えていけるといつも思っています。みんながいろいろなことを考えて取り組むことが積み重なり、地域や国、そして地球レベルの努力になって結集していくからです。
みなさんはこれからの地球の担い手ですから、この地球を良くしていくために私が大切だと思っている、三つのことを提案したいと思います。どれも一人一人が、学校やコミュニティーでできることです。
まず、いろいろな人の話を聞き、話し合うこと。特に自分と異なる意見の人の話こそしっかり聞くことです。私は長く国連で仕事をしてきましたが、困難な問題を解決する新しいアイデアや方向性は、自分と正反対の考えを聞き、「あ、そういう考え方もあるんだ」などと対話する中で生まれることが多いのです。女性も男性も、若い人も年配の人も、障害を持った人やLGBTなど性的マイノリティーの人も平等に参加する、ダイバーシティー(多様性)の高い社会は、より良い決定ができると言われます。それぞれが、いろいろな視点をもたらすことができるからです。
2番目は、勇気を持つこと。何だかおかしいと感じたら「どうして」「おかしいんじゃない?」と声に出す勇気です。私が勇気について学んだのは小学校3年生の時でした。クラスの男の子がおなかをこわしていたのでしょう、教室で大便を漏らしてしまったのです。クラスメートがはやしたて、ものを投げつける中、少し巻き毛のショートカットの女の子が「大丈夫だよ、さ、行こうね」と声をかけ教室からそっと連れ出しました。その場に凍りついて何も言えなかった私は、今でも女の子の顔や名前まではっきり覚えています。普段はとてもおとなしいその子に勇気がどういうものかを教わりました。仕事を始めてからは、戦死したムスリム系の友人の妻と子どもを、命をかけてまで自宅でかくまったクロアチア系の男性や、自らの過酷な被爆体験を語ることで核廃絶運動に参加する被爆者の勇気を目の当たりにしてきました。そういう、いろんな勇気が世の中を変えていくのだ、と私は経験から痛感しています。そんたくなどせず、おかしいことには声をあげ、それぞれの場で力を合わせて正しいことをする。みなさんが勇気を出して声をあげ、仲間と連帯していけば、いじめをなくしていくこともできるのではないでしょうか。
理想と希望で連帯
そして三つ目に、自分は世界を変えられる力を持っていると信じることです。先がわからない、大きな変化は誰にとっても怖いことですね。でもだからこそ、理想や将来の希望が、私たちを連帯させてくれます。奴隷解放運動、人種差別と闘うアメリカの公民権運動、南アフリカの反アパルトヘイト運動……おかしいと感じた人々が声をあげ、キング牧師の有名な「私には夢がある」という演説にあるように、希望のために連帯していくことで世界を変えました。私たち人間はそういう力を持っている存在です。
皆さんが変えていく、作っていくこの地球の未来はどんなものでしょうか? 私は想像するだけで、ワクワクします。
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中満さんのコラムは、新年度から第5日曜日に掲載します。次回は5月31日です。
中満泉さん[国連事務次長]
1963年生まれ。アメリカの大学院を経て89年に国連入り。難民保護や国連平和維持活動、核兵器禁止条約の採択などのために働いてきた。著書に児童書「危機の現場に立つ」など。